PR

ライフ ライフ

【書評】書評家・倉本さおりが読む『ニムロッド』上田岳弘著 進化への欲望と哀愁と

Messenger
『ニムロッド』上田岳弘著(講談社・1500円+税)
『ニムロッド』上田岳弘著(講談社・1500円+税)

 それは「世界中にいる無数の名無したちの手が伸びてくるから成り立っている」-。サーバー管理の仕事に就く語り手の中本が、仮想通貨の「採掘」を命じられるところから物語の幕はあく。あくまで実体を持たない通貨の取引履歴を記録する-つまり、それが「ある」と証明する行為に加担する見返りに新規発行された通貨をもらう作業。不特定多数の合意ないし欲望によって無から有を生み出す不穏なシステムのありよう。本作では、そこに「小説」の姿が重ね合わされることで、世界を運営する大きな流れに抗(あらが)うように個々人の不安が共鳴していく。その軌跡が実にロマンチックで美しい。

 例えば無知であることを周囲から度々ツッコまれる中本は、「僕の代わりに誰かが知ってるんだからいい」と思っている。実際にネット上に存在するまとめサイトの記事が作中で何度も引用される場面は示唆的だ。効率化を推し進める社会において、あらゆる情報は共有され、個人の領域は曖昧になっていく。その果てに待ち受けるのは、エラーのない完璧なシステムと化すべくひとつに溶け合った人類の姿だ。それは上田岳弘という作家がデビュー作から変奏と更新を繰り返しながら描き続けてきたモチーフでもある。

 中本の恋人である田久保紀子は、資本主義社会をたくましく泳ぐ有能な女性だが、染色体異常が見つかった胎児の中絶を「選択」した経験が影を落としている。彼女は自分が下した判断の合理性と、それを当然のように可能にしている世界のありように耐え難さを感じているのだ。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ