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長岡京期の貴族邸跡か 大型建物など3棟分出土 長岡京跡

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長岡京期の邸宅のものとみられる柱穴跡が出土した発掘現場=京都市伏見区
長岡京期の邸宅のものとみられる柱穴跡が出土した発掘現場=京都市伏見区

 京都市伏見区の長岡京跡(784-94年)から、貴族邸とみられる大型建物跡が出土し、民間調査会社の京都平安文化財(京都市)が28日発表した。出土したのは、宅地の中心施設の正殿と、脇殿と呼ばれる付属施設2棟分。同社は「出土例が少ない長岡京期の貴族の宅地跡が整然と出た意義は大きい」と評価する。

 工場建設に伴い左京三条三坊十六町の南西部を約1200平方メートル調査。この結果、東西5間(けん、13・5メートル)南北2間(6メートル)の本体に加え、南北両面に庇(ひさし)が1間分付く大型建物跡が出土した。一緒に出た土器から長岡京期に建てられたことが確認された。

 また大型建物跡の東側から東西2間(4・8メートル)の建物跡が2棟分みつかった。いずれも南北5間(12メートル)と推定。建物の規模や配列から貴族邸跡と考えられ、大型建物は中心施設になる正殿、付属建物は脇殿とみられる。

 さらに正殿と脇殿の間には当時、最大幅3メートルの自然流路が流れ、調査地の東部分は湿地状態だったことが判明した。脇殿が湿地内に建てられていたこともわかった。

 同社は「朝廷では大臣クラスにあたる貴族の邸宅の可能性がある」とみている。同じ配列を持った建物跡は平城京や今回の調査地に近い三条四坊六町、さらに9世紀初頭の平安京右京一条三坊九町などで出土している。

 長岡京に詳しい山中章・三重大名誉教授は「これまでの伝統に沿った邸宅が長岡京、平安京へと引き継がれていったことがわかる好例。調査地の近くに藤原冬嗣が朝廷から拝領した土地もあり、藤原北家に関係した貴族の可能性もある」と話している。

 

 現地説明会は2日午後1時から京阪セロファン京都工場敷地内で。京都市営地下鉄竹田駅か京阪中書島駅から市バス下久我停で下車し西へ徒歩15分。

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