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【職人のこころ】ひな祭りに込められた先人の信仰

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井戸理恵子さん
井戸理恵子さん

 二十四節気、雨水に入った。雨水とは氷が溶けて雨水(あまみず)になる時期だ。空に浮かぶ雲も暖かくなった空気に触れ、氷の粒が雨に変わる。山の雪も溶けてゆったりと大地を潤す、そんな季節の到来だ。緩んだ空気を感じ、いよいよ身体も春を迎える準備をする。雨水は春を待ちわびた身体にも潤いを与える。

 雨水に入った日、東京は本当に雨が降った。昔の暦は正確に時を知らせる。この雨水の日には古く「おひな様を出す」という風習がある。その「おひな様」はやがて「ひな祭り」が終わるとその日のうち、あるいは翌日にしまわれてしまう。

 今の暦上で言えば「おひな様」はほんのひと月に満たない間しか、家族とともに過ごせない。しかしながら、旧暦のひな祭り、上巳の節句は毎年4月上旬となる。従って、2カ月ほどの時間、「おひな様」は家族と一緒にいられる。

 このおひな様の正体は一体なにか、と言えば、これは「ご先祖様」を映すものだった。先祖の象徴ということなのだ。しかしながら、今のように立派なひな人形が祀られるようになったのは武家社会以降の風習。

 元々は紙やわらで作ったヒトガタトだった。人の形をした、ひらひらした紙やわらを「おひらさま」と親しみを込めて呼ぶ。そして、この「おひらさま」に身体についたよくないもの、身に掛かる厄災すべてを肩代わりしてもらい、川に流す、という行事、それがおひらまつり、おひな祭りだった。または桃の節句、上巳の節句と呼び、親しんだ。

 雨水以降、川は水かさを増す。その川は彼岸から此岸、この世へつながる川。あの世から先祖がやってくる。彼岸が近くなるということだ。一般に春彼岸は3月18日くらいから24日くらいまで。その彼岸の頃から花が咲き始める。そして、春彼岸が終わると半月ほどで桃も桜も散っていく。散った花は川に浮かび、あの世へと運ばれる。先祖たちもあの世に帰るのだ。

 昔の人はそう考えた。桜は稲の神霊が宿る木であり、花はその予兆。桜の花はあの世から戻ってきた祖先たちが宿り、そのおかげでわたしたちは米を始め、食べ物を得られる、のだと。

 だから、花を祀らなければならない。花の散り際が早かったり、腐ったりすると、米の収穫が危うい。だから、祖先を祭り、おひらまつり、としてのひな祭りをする。厄災をすべてあの世へもって行ってもらう。桜の木が水辺を好むことからこうしたことを思いついたのかもしれない。

 人が沢山亡くなった場所、墓地にも桜が植えられた。また、上巳とは蛇が現れ始める時期を示す。ちょうど、桃の節句と同じ頃。大地がぬくもり、蛇が地上に姿をあらわし、脱皮をする。

 この姿をみて、人も新しく生まれ変わるのだと考えた。衣替えをし、新しい自分を受け入れる。日本人が4月から新しい年が始まると思うのはこうした季節ごとの風習が身体に染みついているからだ。

 入学式、入社式、新しいことを始めるのになぜかこの時期を選ぶのだ。それは無意識にも、桜の花の向こう、先祖たちがこの世に戻ってきて、蘇りの力をくれる、事を覚えているのかもしれない。

 ちなみに現代において、ひな祭りは家の中で行うイメージがあるが、昔は一日中外で祀るものだった。磯遊び、貝拾い、花見、人形遊び、みな「ひな祭り」に集約する、この時期の意味ある儀式とされるものは外で行うものだった。平安貴族の女性たちの貝合わせなどもこの桃の、上巳の節句に端を発する。ハマグリの旬もこの時期。ひな祭りの行事食にハマグリはよく登場する。

 さて、ひな祭りの飾り、ひな人形は古今東西、地域によって形が異なる。鳥取市用瀬町、京都上賀茂神社、下鴨神社などにはいまだ古きしきたりとしての「流しひな」が行われ、静岡県稲取や山形県酒田、福岡では豪華な吊るしひな系のひな飾りが祭られる。

 また、ひな人形の形もさまざまで奈良や伊勢の一刀彫、長野や岐阜辺りを中心としてみられる木目込み人形、貴族や武家社会から発展したいわゆる今のひな人形につながるもの、みな美しく彩られた人形を祀る。そこには古き時代より脈々と連なる女性たちの悲しい歴史や、子供への思いも込められている。土地を生き抜いた人々の先人に対する思いが込められる。人形の顔に、形に、儀式の中に眠れる日本が見え隠れしている。

 とかく、雨水から桃の節句、桜の花の散るこのふた月足らず、日本各地で飾られる人形を通して、先人の思いを受け取る。


 <プロフィール>

 井戸理恵子(いど・りえこ) 民俗情報工学研究家。1964年北海道北見市生まれ。國學院大学卒。多摩美術大学非常勤講師。ニッポン放送「魔法のラジオ」企画・監修。ゆきすきのくに代表として各種日本文化に関わるイベント開催。オーガニックカフェ「ゆきすきのくに」にて自然食を提供。二十数年来親交のある職人たちと古い技術を訪ねて歩く《職人出逢い旅》など15年以上に渡って実施中。気心しれた仲間との旅をみな楽しみにしてくれている。主な著書に「暦・しきたり・アエノコト 日本人が大切にしたいうつくしい暮らし」「こころもからだも整うしきたり十二か月」(ともに、かんき出版刊)、「日本人なら知っておきたい!カミサマを味方につける本」(PHP研究所)などがある。

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