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【倒れざる者~近畿大学創設者 世耕弘一伝・第2部】(12)「堂々の論陣を張り…」翼賛体制に抗して同交会を結成

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昭和30年に開かれた同交会をしのぶ会。右端が世耕弘一氏(回想 世耕弘一所収)
昭和30年に開かれた同交会をしのぶ会。右端が世耕弘一氏(回想 世耕弘一所収)

 軍国主義が強まり、政党政治が危機に陥るなか、世耕弘一は時局におもねることなく民主主義を守る態度を貫いている。

 「ただいたずらに聖戦の美名に隠れて、国民的犠牲を閑却し…」

 昭和15年2月の帝国議会で、民政党の斎藤隆夫がこうした“反軍演説”をしたことに軍部が猛反発、斎藤の除名を求めた際も弘一は斎藤を支援した。結局、斎藤は翌3月に衆議院の議決で除名された。

 弘一が属した政友会正統派では、鳩山一郎を中心に「処分は言論の府としての自殺だ」と反対の声が上がるなどして紛糾した。最後は総裁一任で除名賛成の方針になったのだが、議決では弘一は棄権している。

 それ以降、各政党は解党への道を進んだ。7月には政友会正統派と政友会革新派、翌8月に民政党が解党し、10月に大政翼賛会が結成された。翌16年9月には翼賛議員同盟が結成され、翌10月に陸軍大臣だった東條英機が首相に任命されて独裁を強めていく。

 この動きに対し翼賛議員同盟に参加しなかった衆議院議員で11月に同交会という会派を結成したが、その交渉団体の届け出をしたのが弘一だ。後に鳩山や尾崎行雄が入会している。

 弘一が編集・発行した同交会第77回・第78回帝国議会報告書(17年3月発行、国立国会図書館所蔵)に同交会声明が掲載される。

 〈戦時経済政策の第一義は國力(こくりょく)の充實(じゅうじつ)にある。然るに現下の官僚統制は本來の目的に反し、生産を減退せしめ、國民生活を不安ならしむる虞(おそれ)あり、政府は速やかに時局に適應(てきおう)する政策を實行(じっこう)すべきである〉

 〈政府は宜(よろ)しく議會(ぎかい)の権威と言論界の機能を尊重し…〉

 この声明を調査した近畿大学名誉教授の荒木康彦は「あくまで民主主義的な立場での局面打開を主張しています」と説明する。

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