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【書評】プロボクサー・村田諒太が読む『1R1分34秒』(町屋良平著) あまりにリアルな心理描写

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『1R1分34秒』町屋良平著
『1R1分34秒』町屋良平著

 試合が近づくにつれて、対戦相手のことなどあれやこれやと考えて、その存在が頭の中で肥大化していく。その感覚はプロアマを問わず、ボクサーなら覚えがあるだろう。

 芥川賞を受賞した本書の主人公はデビュー戦をKO勝ちで飾りながら、その後は2敗1分けと振るわないプロボクサー。「きょうこそ勝たなければ」「敗(ま)けたら引退」という弱気を抱えながら、練習とアルバイトの日々を過ごしている。「日本チャンピオン」だった夢は、今や「次の試合に敗けない」という状態だ。

 同じプロボクサーではあるが、僕は高校時代にボクシングを始めているし、プロ転向後のキャリアもまったく異なる。加えて彼の階級やアマチュア経験の有無は分からないから、僕らの単純比較は無理だろう。それでも一気に読み進んだのはボクサー心理の描写があまりにリアルな上に、幾つもの共感を覚えたからに他ならない。僕は試合終了を告げるゴングとともに「すべてが過去になる」のがボクシングだと思っている。ロンドン五輪で金メダルを手にした喜びも日本人初のミドル級世界チャンピオンになった感動も、過ぎた出来事でしかない。

 一方の彼は、夢がいかにグレードダウンしようとも「視野が至近にかわっただけで、やるべきこと、持つべききもちの集中においては、かわらないのだと信じたい」と、潔く過去を割り切ろうとする。

 さらに僕はいま、3度目の世界タイトルマッチに向けてトレーニングに励む日々を送っている。当然、目標は「次の試合に敗けない」ことだし、「持つべききもちの集中」も大切だ。そもそも世界戦と言ったところで、僕には「視野が至近」な試合にすぎない。こうした一致は偶然か必然か。ともあれ僕は、いつしか作品世界に自分の姿を見ているような感覚になった。

 物語の終盤、主人公は新たなトレーナーと5戦目に臨む。タイトルにある第1ラウンドが1分34秒を迎えたとき、彼は「夢」をグレードアップさせたことだろう--。そんな想像をしていたら急に彼への親近感が増してきて、思わずニヤリとしてしまった。(新潮社・1200円+税)

 評・村田諒太(プロボクサー前WBA世界ミドル級王者)

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