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【聞きたい。】近衛龍春さん 『忠義に死す 島津豊久』 恩義に報いた戦国の勇将

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「忠義に死す 島津豊久」の作者、近衛龍春さん
「忠義に死す 島津豊久」の作者、近衛龍春さん

 島津豊久は、豊臣秀吉の九州攻めから関ケ原の戦いまで、激動の戦国を生き抜いた島津家4兄弟の四男、家久の子。父の兄に義久、義弘、歳久がいる。『忠義に死す 島津豊久』は、関ケ原の戦いで西軍総崩れの中、島津勢の総大将だった義弘を守り壮烈な死を遂げたことで知られる豊久の生涯を、数多くの資料を基に丹念に描いた小説だ。

 「伯父の義弘を関ケ原から逃がすためになぜ体を張ったのか。この人のことを調べられるだけ調べてみようと思いました」

 南部、伊達、上杉、毛利ら戦国大名の生き残りを懸けた“サバイバル作戦”を題材に、多くの歴史小説を書いている近衛龍春さんが、そんな疑問を抱いたのは、平成23年、戦国の島津氏を描いた小説『島津は屈せず』を書いたとき。島津家は義久ら4兄弟を中心に難局を乗り越えたが、家久だけが側室の子だった。

 「父の家久は他の兄弟と違い、家臣のような扱いを受けていた。豊久は早くに父を失い、若くして家を継ぐことになったが、戦上手といわれた父の家を継いで重圧を感じる中、義弘だけが家臣ではなく、甥(おい)として親族の扱いをして、後ろ盾になってくれた」

 父親代わりになった義弘に、豊久は大きな恩を感じていたというのが近衛さんの見立てだ。

 島津の一族ではあるが、豊久は独立した大名家の当主だった。しかし、関ケ原の戦いでは恩義のため、自分の命か義弘の戦場離脱かという究極の選択を迫られた局面で、迷わず自分の命を犠牲にした。

 「自分の命より恩を返すことを選んだところに人間的な魅力を感じます。戦いの後、島津家が存続できたのは、関ケ原で島津の戦いぶりを目の当たりにした徳川家康が、島津には手を付けられない、と思った可能性は十分にある。豊久の功績は大きかったと思いますね」(角川書店・1800円+税)

 栫井千春

                   

【プロフィル】近衛龍春

 このえ・たつはる 昭和39年生まれ、埼玉県出身。大学卒業後、通信会社勤務を経てフリーライター。平成9年、『時空の覇王』で作家デビュー。著書に『毛利は残った』『南部は沈まず』『伊達の企て』など。

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