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【職人のこころ】午のこと

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井戸理恵子さん
井戸理恵子さん

 今年は新暦でも旧暦でも2月、如月(きさらぎ)に「午(うま)の日」が3回入ってくる。年納めの月、11月、霜月に「一の酉」、「二の酉」、という「酉(とり)」を祀る風習があるがこうした「酉」同様に「午」も「初午」、「二の午」、「三の午」という具合に暦の上にいて、特別な日として算える習わしがある。

 そして、今回のように新旧暦共にひと月30日に満たない2月に3回「午」が入るということは月初めから「午の日」が入っていることになる。こういう年について、昔の人は特に「火事に用心しろ」と言った。

 そもそも「午」は中国から来た考え方、陰陽五行で言えば「火」、方角は「南」を表す。お昼丁度のことを「正午」というのもそこから来ている。寒さの極まる、冬の乾燥した時期は火を扱うことが多くなる。

 そうした時期に「火」にまつわる日が3度もやってくる月のある年は危うい、と注意を促すのだ。用心に越したことはない、と。

 つまり昔の人に習えば、今年はどうやら、火事、火災に用心しなければならない年、ということのようである。

 同じく「酉の日」が霜月に3度入る月も「火事に用心」と先人は言う。ただ、この霜月の「三の酉」に纏わる火事はその月縛りであるが、「三の午」はその年のことを示している、という点でニュアンスが変わる。

 また、「酉」は「金」、方角は「西」。午も火もどこにも見えてこない。当然、なぜ、「酉(金)」が火と関与するのか、という疑問が湧いてくるだろう。

 そもそも、「酉の日」といえば「酉の市」を思い出される方も多いだろう。これはまさに「酉」が「金」を示すところから来ている。「商売繁盛、金銀融通」などと縁起を担いで酉の日には「酉(鳥)」に纏わる大鳥神社や鷲神社など「酉の社」は「財宝や福を寄せ集める」熊手が売られるなど大にぎわいとなる。

 陰陽五行だけではなく、福をもたらすものは鳥の姿をしてやってきたという故事もここに付きまとう。シラサギ、鶴、白鳥、鳩など白い鳥は金属信仰と結びつき、恩返しものの物語にもよく登場する。

 しかし、酉や金属がどうして「火」と繋がるのか。謎を解く鍵は午の日に祭りを行う稲荷神社にある。

 かつて、稲荷神社と酉の神社は一緒に祀られるところが多かった。稲荷神社といえばキツネをその一族としている。稲荷の神のお使いはキツネ。鳥の姿などどこにもない。

 稲荷は古く山の奥に祀られていた。山の奥にいて、郷に水や食料をもたらすもの。山は祖先の霊が還る場所。祖先の霊は時に鳥になって里に降りてくる。人に有益なもの、金属の在り処などを示す。そう考えられていた。

 では端的にキツネの役割はといえば、山奥にいる狼が里の食べ物を荒らすイノシシや鹿を追い払ってくれるように、ネズミや虫を食べて米を守ってくれた。

 また、キツネが「ケツ」と音読みされるように「ミケツ(御食)の神」の使いとされていたわけだ。そして、「午(火)」と「酉(金)」はその両方に関わる仕事、鍛治へと繋がる。

 鍛治の技術は農作業を始め、生活に欠かせない道具を生み出す。鍛治は火を扱う。長時間に渡って、高温の火を前に作業をする。

 立春前後の年の初めの神を迎える如月、そして、山の神への感謝をささげる霜月は彼らにとって重要な忌月となる。如月はその年の生命力を養う月であり、「さらに着物を重ね着しなければならないほど」寒さが募る。霜月はその名の通り、霜が降りる頃。星が限りなく美しさを放つように鍛治の仕事もさえ渡る。霜月7日は1年で最も重要な山の神を祭り、8日は里の井戸を祀った。

 こうした古式にのっとって鍛治が役割を担っていた時代、暦の中における「午」や「酉」が季節や時間を正確に示していた時代において、暦の中における「意味」は当たり前のように彼らの生活の中で機能していたのだ。

 先人の言葉はそのまま澄みわたった空気の中に響いた。鍛治は火の神、金(鉄)の神、そして、水の神との供宴を覚りながら、「道具」を鍛える。火の中に金属と炭の音を正確に捉えながら、槌を振る。自らの息吹に合わせて鞴を操る。

 いつしか、稲荷は鍛治の神であったことも忘れられた。

 季節は立春、春節を終えたばかり。しかしながら、旧暦の「三の午」はもう新暦4月に入る頃なのだ。暦のスケールはますます読みにくくなってしまった。


<プロフィール>

 井戸理恵子(いど・りえこ) 民俗情報工学研究家。1964年北海道北見市生まれ。國學院大学卒。多摩美術大学非常勤講師。ニッポン放送「魔法のラジオ」企画・監修。ゆきすきのくに代表として各種日本文化に関わるイベント開催。オーガニックカフェ「ゆきすきのくに」にて自然食を提供。二十数年来親交のある職人たちと古い技術を訪ねて歩く《職人出逢い旅》など15年以上に渡って実施中。気心しれた仲間との旅をみな楽しみにしてくれている。主な著書に「暦・しきたり・アエノコト 日本人が大切にしたいうつくしい暮らし」「こころもからだも整うしきたり十二か月」(ともに、かんき出版刊)、「日本人なら知っておきたい!カミサマを味方につける本」(PHP研究所)などがある。

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