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【維新150年】大阪府警の“源流”に伝説の剣豪

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楠公誕生地 楠木正成誕生の地=大阪府千早赤阪村(恵守乾撮影)
楠公誕生地 楠木正成誕生の地=大阪府千早赤阪村(恵守乾撮影)

 幕末史は剣豪たちの歴史でもあるといわれる。封建的な身分社会が崩れ去った乱世にあって、実力主義を掲げる諸派諸流の道場が割拠し、桂小五郎や坂本龍馬ら一流の剣士が登場する一方で、新選組のような剣客集団を生み出した。

 当時、江戸三大道場と称されたのが、千葉周作の北辰一刀流「玄武館」、斎藤弥九郎の神道無念流「練兵館」、桃井春蔵(もものい・しゅんぞう)の鏡新明智(きょうしんめいち)流「士学館」だった。

 なかでも4代目桃井春蔵は、“技の千葉”“力の斎藤”に対し、“位(くらい)の桃井”と評され、「品格随一」の剣術と謳(うた)われた。その伝説の剣豪が大阪府警のルーツといえる治安部隊の創設に関わるなど、大阪を舞台に数奇な生涯を送ったことはあまり知られていない。

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 府立中之島図書館に、1枚の浮世絵が収蔵されている。歌川国員(くにかず)「玉江橋景」。赤と緑の陣羽織に紺の股引(ももひき)、草鞋(わらじ)ばきの兵隊が六尺棒を手に整然と進み、隊列の中央を黒太刀の武者が馬に跨(また)がり、堂島川を渡る…。維新直後の大阪をパトロールする治安部隊「浪花隊」を描いたものだ。

 浪花隊は慶応4(明治元、1868)年6月、発足まもない大阪府が元与力、元同心らで編成した府兵2小隊80人。「(大阪の)警察制度ノ嚆矢(こうし)」(天満警察署沿革誌)とされる部隊を、「監軍兼撃剣師範」という事実上の隊長として率いたのが4代目桃井だった。

 桃井は文久2(1862)年に幕府に召し抱えられると、翌年には幕府の軍教育機関「講武所」の教授方に就任。さらに精鋭部隊「遊撃隊」の頭取並(副隊長)となり、将軍の上洛に同行して大坂城に入ると、「玉造講武所」の剣術師範に抜擢された。旗本格での処遇で、市井の道場主が剣一本で異例の出世を遂げたのである。

 そんな桃井が失脚する。

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