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堺屋太一さん告別式 「25年の大阪万博に…」と橋下氏涙

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堺屋太一さんの告別式の弔辞を述べ、涙する橋下徹前大阪市長=17日午後、東京都港区の青山葬儀所(納冨康撮影)
堺屋太一さんの告別式の弔辞を述べ、涙する橋下徹前大阪市長=17日午後、東京都港区の青山葬儀所(納冨康撮影)

 「団塊の世代」の名付け親として知られ、8日に83歳で死去した経済評論家で作家の堺屋太一(さかいや・たいち、本名・池口小太郎=いけぐち・こたろう)さんの葬儀・告別式が17日、東京都港区の青山葬儀所で営まれた。政界関係者ら約1千人が参列し、幅広い分野で足跡を残した故人をしのんだ。

 堺屋さんは官僚時代の昭和45年、大阪万博開催に携わり、その後作家としても活躍。経済企画庁長官を務めたほか、現在の安倍晋三首相の成長戦略のブレーンとして内閣官房参与も務めた。

 祭壇には、妻で洋画家の池口史子さんの絵を背景に和やかな笑みをみせる堺屋さんの遺影。式の冒頭では菅義偉官房長官が「早くから70歳まで働くことを選べる社会の構築を提唱された。これらは少子高齢化社会の政策のあり方として国民に深く浸透し、その後の内閣でも基本的な考えとして継承されている」と弔辞を述べ、その功績をたたえた。

 堺屋さんは大阪府と大阪市の特別顧問として行政方針などを助言。2025年の大阪・関西万博の招致にも尽力した。「先生、これはいけませんよ。先生には2025年の大阪万博のテープカットに立ってもらわないと困るんです」と涙交じりに遺影に語りかけたのは橋下徹前大阪市長。大阪府知事への出馬を口説かれた挿話や大阪都構想をめぐる住民投票での思い出話などに触れ、「打算のないお方で、情熱とパッションが人を動かし政治を動かすということを教えていただいた。世間からの批判に耐えられる政治力と粘り強さを身につけさせてくれた」。最後は「今は少しお休みになられて、2025年には一緒に大阪万博をぐるぐる回りましょう」と声を詰まらせた。

 堺屋さんの自宅を設計するなど、40年来の親交があった建築家、安藤忠雄さんも「夢は大きいほどいいと常々おっしゃっていた。私たちは先生の本をもう一度読み、これからの日本を考えないといけない」と悼んだ。

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