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日本史学の大家、直木孝次郎さん 被葬者論争挑む

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インタビューに答える直木孝次郎さん=2016年1月、奈良市
インタビューに答える直木孝次郎さん=2016年1月、奈良市

 「論文はこれまでに800編ほど書きましたかねえ。まあウソ八百とでもいいますか」

 10年近く前、奈良市内の自宅に寄せていただいた際、直木孝次郎さんは穏やかな口調でこう語っていた。昭和29年から書き上げた論文や講演記録など300編近くをまとめた「直木孝次郎 古代を語る」(吉川弘文館)全14巻が完成したときのことだ。

 「耳がダメになってねえ。自分が話す言葉も十分聞こえないんですよ」と笑っていた。

 古代史や考古学を幅広く論じた、まさに日本史学の大家。大著「古代を語る」は、少しでも分かりやすくという気持ちで、88歳から手がけた。「大阪市史や奈良県史なども一生懸命書いたが、あんまりみんな読んでくれないんですねえ。専門的な本も、5千円も出して買ってくれることもめったにないんですよ」

 かつて古墳発掘ではタブーだった被葬者論争にも積極的に挑んだ。昭和47年に発見された飛鳥美人壁画で知られる高松塚古墳(奈良県明日香村、7世紀末~8世紀初め)では、天武天皇の子、忍壁(おさかべ)皇子説を唱えた。「被葬者を記した墓誌も見つかっていないのに早計だ」とも批判されたが、「そもそも墓誌が見つかったら、その時点で被葬者は誰でも分かるではないか」と反論。「被葬者が分かれば、古墳の年代も歴史的意義もはっきりする。被葬者論を避けるのは研究の放棄」と手厳しかった。常に歴史に正面から向き合っていた姿が忘れられない。(小畑三秋)

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