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【倒れざる者~近畿大学創設者 世耕弘一伝・第2部】(3)妻の虫の知らせ…1日早い出発で関東大震災の被災免れ…

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 「まさか東京が、あんな大きな被害を受けようとは思わなかった」

 乗船をやめて東京に戻った仲間もいるなか、この機を逃してはもはや留学はできないと、伏見丸への乗船を決意した弘一はこう振り返っている。

 このとき、乗船を断念した仲間には二度と留学のチャンスはなかったという。弘一はもし妻や乳飲み子が死んでいたらそれまで。生きていれば妻の実家がなんとかするだろうと思ってドイツへ向かった。

 弘昭は、母が唯一、弘一に批判めいたことを口にした言葉を覚えていた。

 「今の時代だったら完全に別れていたよ」(松岡達郎)=敬称略

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