PR

ライフ ライフ

【話の肖像画】指揮者・大友直人(60)(7)あの作品はよくできていた

前のニュース

(三尾郁恵撮影)
(三尾郁恵撮影)

 〈幅広い作品を指揮する大友さんが、取り上げるものを選ぶ基準は明快だ〉

 作曲家が有名であろうが、無名であろうが関係ありません。社会的評価やアカデミズムの評価も気にしません。出合った作品が自分の心の琴線に触れたかどうか、もう一度聴いてみたいか、もう一度演奏してみたいか、ただそれだけです。独善的かもしれませんが、私は私にしかなれませんから。自分の感性にフィットした作品は、他の人にも共有してもらいたいと思うでしょう。

 学生時代にはありとあらゆる分野の現代作品を演奏し、自分で作曲にも取り組みました。そうしたプロセスを経て形成された価値観です。

 〈こうしたスタンスで全聾(ろう)の作曲家、佐村河内守(さむらごうち・まもる)の「交響曲第1番」(HIROSHIMA)の東京初演を平成22年、東京交響楽団と行い、翌年にはレコーディングもした。ところが25年から26年にかけて、月刊誌と週刊誌が、全聾は虚偽で、作品は新垣(にいがき)隆がゴーストライターとしてつくったと報じた〉

 佐村河内さんの「事件」は本当に残念でした。あの作品は芥川作曲賞の応募作品でした。最終候補には残りませんでしたが、あるとき、当時審査員だった三枝成彰(さえぐさ・しげあき)さんから「面白い作曲家がいる」と聞きました。「今時こんな古くさい書法で書くやつがいるのか、と思ったんだが、よく見るといい作品なんだ。僕以外の審査委員はけんもほろろだったけれど、僕自身は面白いと思う。だからこの名前を頭の片隅にでも置いておいてよ」。おおよそこんなことを言われました。

 その1年後、東京交響楽団の定期演奏会の企画を考えていたときに、事務方の人が「広島で初演されたこういう作品があるんですが」と譜面を見せてくれました。「これが三枝さんが言っていた作曲家の作品か」と思い出しました。佐村河内さんの耳が聞こえないということも、このとき初めて知りました。こうしたらいい、と感じる部分は多々ありましたが、譜面自体はしっかりしており、立派な音が鳴っていました。率直によくできた作品だと思いました。

 思い切って取り上げることにして、リハーサルに立ち会うよう佐村河内さんに連絡してもらいましたが、「耳が聞こえないから」と断られました。新作を取り上げる場合、私はリハーサルの現場で作曲家に意見を述べながら、どんどん手直しをしてゆくのですが、このときは自分だけの判断で、かなりの部分に手を入れました。

 演奏会は忘れもしません。22年4月4日、東京芸術劇場(東京都豊島区)で行われました。演奏が終わった後の聴衆の熱狂は、それまでに経験したことのないものでした。この演奏会は「大友直人プロデュース東京芸術劇場シリーズ」の一環であり、聴衆はほとんどが定期会員です。つまり、私の普段のお客さまなんです。当日のプログラムには、佐村河内さんが全聾であることはさりげなく書かれているだけで、それを仰々しく書き立てることはしていません。聴衆の熱狂は、つまり作品そのものの力に負っていたんです。(聞き手 桑原聡)

次のニュース

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ