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芥川賞に決まって 町屋良平さん、上田岳弘さん

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第160回芥川賞に決まり会見で喜びを語る上田岳弘氏=東京都千代田区の帝国ホテル(飯田英男撮影)
第160回芥川賞に決まり会見で喜びを語る上田岳弘氏=東京都千代田区の帝国ホテル(飯田英男撮影)

上田岳弘さん…一人目の読者の言葉 支えに

 「作家になる人は時期がくればなる」。思春期の頃の僕は、過去にある作家がインタビューでそう言ったのを読んで、「そういうもんか」と素朴に納得していた。下手をすれば小説を書いていなくても、自然の流れでなるものかもしれない。そう思っていた節がある。元の発言をしたのは今回の芥川賞の選考委員の中のお一人だったから、受賞会見後の会合で直接ご本人にもこのことを伝えたら、腑(ふ)に落ちないような顔をされていた。いろいろと、僕は迂闊(うかつ)なんだと思う。

 さすがに一つくらい、小説を書き切らなければ作家にはなれないだろうと思い、一念発起したのが、20歳過ぎの頃。公募の新人賞の存在すら知らなかった僕は、初めての小説に取り組みながら、作品を誰に読ませようかと考えていた。そう悩むまでもなく白羽の矢を立てたのは、大学の一つ上の先輩だった。そもそも僕は執筆しながら、まだ書いていない部分に至るまで全部、先輩に自作を解説していた。

 当時、先輩はいろいろな音楽をCDに焼いては持ってきて、僕のアパートに置いていった。一緒にいる時に繰り返し聴いたのは、Nirvana(ニルヴァーナ)のアルバム「Never Mind」。次点はRadiohead(レディオヘッド)の「OK Computer」。1990年代の鬱っぽいロックを聴きながら、どういうものを書きたいのか、時には、いかに僕がすごいのかを先輩に向かって語り散らした。先輩が僕に話したのは、医者から針の穴を通すような仕事から始めるように言われたことや、もらった薬を川に投げ捨てたことなどだった。「駄目じゃないですか」と僕は言い、「駄目だよね」と先輩は笑った。

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