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【明治の50冊】(45)森鴎外『ヰタ・セクスアリス』 医師視点で描く「性欲の自伝」

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 実際、鴎外はわいせつさを強調するのではなく、ユーモアすらにじむ客観的な筆致で性欲そのものを解剖している。幼い頃に春画を見ても、主人公は男女が何のために肢体(したい)を絡ませているか分からないから発情もしない。異性への関心が芽生えても、それが性欲に結びつかない時期を経て、青年期に性欲を自覚する。浮かび上がるのは周囲の刺激によって少しずつ性意識を育んでいく人間の姿だ。

 伊藤准教授は「『性欲こそが人間の本質』であるかのように人が性欲に振り回される様子を描いたのが多くの自然主義作品。でも『ヰタ-』は、性欲というのは教育や周囲の環境で形成される部分が大きいのだと示した。何も性欲が人生のすべてではない-との思いが鴎外にはあったのでは」と話す。

 晩年の名作史伝に通ずる冷静な視点を備えた一作は長く読み継がれ、昭和24年刊の新潮文庫版は90刷76万8千部に。三島由紀夫はこの「性的自伝」を意識しながら、実質的なデビュー小説『仮面の告白』を書いたとされる。

 「記述が客観的だから発表当時の人々の性に関する考えを伝える記録としても読める。同性愛への見方をはじめ、時代によって性意識が変わっていったこともよく分かります」(伊藤准教授)。一個人の性生活を追った一編は、日本社会の変遷へと読者の思考を誘う。(海老沢類)

                  

 次回は18日、『ふらんす物語』(永井荷風)です。

                  

【用語解説】森鴎外

 もり・おうがい 文久2(1862)年、石見(いわみ)国(現在の島根県)津和野に生まれる。本名・林太郎。東大医学部卒業後、陸軍軍医に。ドイツ留学を経て、軍医の傍ら『舞姫』などを執筆。主な作品に『雁』『阿部一族』。大正11(1922)年、萎縮腎と結核のため死去。享年60。

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