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【明治の50冊】(45)森鴎外『ヰタ・セクスアリス』 医師視点で描く「性欲の自伝」

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文庫で刊行されている『ヰタ・セクスアリス』
文庫で刊行されている『ヰタ・セクスアリス』

 ひときわ目をひくカタカナの題名は、ラテン語で「性欲的生活」を意味する。明治42(1909)年7月、文芸雑誌「スバル」に発表された文豪・森鴎外の小説『ヰタ(ウィタ)・セクスアリス』。幼少期から青年期に至る性的体験をつづった異色の自伝的作品は、雑誌の掲載号が発売禁止処分を受けるなど波紋を広げた。

 ドイツ帰りの哲学講師である主人公・金井湛(しずか)は、先人と違うものを書きたいと常々思っていた。〈性欲というものが人の生涯にどんな順序で発現して来て、人の生涯にどれだけ関係しているか〉-。そんな内容を記した文献が少ないのに気付いた金井は、ふと自分の性欲の歴史を書こうと思い立つ。初めて春画らしきものを見た幼少期。学校の寄宿舎で上級生の男子に性の対象として目を付けられ屋根の上に逃げた話。硬派の友人らとの交流と、遊郭・吉原での体験…。鴎外自身の歩みとも重なる、6歳から結婚する25歳までの金井の性生活が年代順に回想されていく。

 発表当時は島崎藤村や田山花袋(かたい)らが牽引(けんいん)した自然主義文学の隆盛期。女学生への恋情を赤裸々に告白した花袋の『蒲団(ふとん)』(40年)に倣(なら)うようにして、性欲におぼれる私生活を自ら暴露する小説が続々生まれていた。同じく性欲を主題に据えながらも、陸軍軍医を務め西洋医学に通じていた47歳の鴎外は全く違うアプローチを取った。

 「自然主義作品のように露悪的なところはなく、話を面白おかしく作り込みもしない。科学的かつ客観的な医師の視点で、自分の性欲の発展を淡々と観察していく。そこに鴎外の独自性があった」と語るのは明治大の伊藤氏貴准教授(日本近代文学)だ。

 自慰や童貞喪失を想起させる記述もあり、最初に原稿を読んだ雑誌編集者は驚いたとされる。案の定「スバル」の掲載号は発禁に。一方で、詩人・評論家の大町桂月は〈西洋に例あるか否かは知らざれども、我国にては古来、その類を見ざる小説也。(略)風俗を害せざるのみならず、ひろく天下の少年青年に読ましめたきもの也〉(「趣味」42年8月)と高く評価した。

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