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作家の堺屋太一さん死去 「団塊の世代」名付け親、万博を企画

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記者会見する堺屋太一氏=1999年8月30日
記者会見する堺屋太一氏=1999年8月30日

 「団塊の世代」の名付け親で、経済企画庁(現内閣府)長官などを務めた作家の堺屋太一(さかいや・たいち、本名・池口小太郎=いけぐち・こたろう)さんが8日午後8時19分、多臓器不全のため東京都内の病院で死去した。83歳。大阪市出身。通夜は16日午後6時、告別式は17日午後1時、東京都港区南青山2の33の20、青山葬儀所で。喪主は妻で洋画家の池口史子(いけぐち・ちかこ)さん。

 昭和10年生まれ。東京大経済学部卒業後、35年に通商産業省(現経済産業省)入省。45年の大阪万博や、沖縄海洋博の企画立案、新エネルギー開発を目指すサンシャイン計画などに携わった。

 在職中の50年、石油危機をテーマとした「油断!」で作家デビュー。終戦直後の第1次ベビーブーム世代が、将来の日本にもたらす影響を予測した51年の「団塊の世代」がベストセラーになった。

 53年に同省を退官後、執筆、講演、イベントプロデュース業に専念。平成2年に大阪・花と緑の博覧会に携わったほか、10~12年には小渕恵三、森喜朗両内閣の経企庁長官に民間人閣僚として起用された。以後、政府税制調査会や国会等移転調査会委員、阪神・淡路復興委員会委員を歴任。行政改革や、首都機能移転問題など地方分権についても積極的に発言。25年から安倍晋三内閣で内閣官房参与を務めた。後に大阪府知事、大阪市長になる橋下徹氏の大阪都構想を支持し、府市の特別顧問になった。

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