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【書評】慶応大学教授・清水唯一朗が読む『近代日本のメディア議員〈政治のメディア化〉の歴史社会学』

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『近代日本のメディア議員〈政治のメディア化〉の歴史社会学』
『近代日本のメディア議員〈政治のメディア化〉の歴史社会学』

 ■100年で984人、歴史的構造解く

 「メディア議員」と言われて、どのような人物を思い浮かべられるだろうか。

 番記者から政界に転じた者、アナウンサーとしての知名度を生かして当選した者、地方新聞社の経営者一族から政治家になった者、本書はそれら全てを対象とする。加えて、各種協会の名誉職に就いた者までも「メディア議員」として扱う。

 なぜか。本書は「メディアは政治にいかなる効果をもたらすか」といったありがちな問いは立てない。政治家と新聞社、出版社、ラジオ、テレビの関係をたどることで、日本における政治とメディアの歴史的構造を解き明かす。

 対象となるのは1890年の帝国議会開設から1990年までの100年間に国政の議席を得たメディア関係者で、その数は実に984人(全議員の17・6%)に上る。

 議会開設当初に現れたのは、価値と理念を掲げて筆を揮(ふる)った民権政治家であった。尾崎行雄や犬養毅のように政論の場を紙上から議場に移した憲政の担い手たちだ。

 日清・日露戦争を通じて新聞の経営が軌道に乗ると、職業ジャーナリストが生まれ彼らが議会政治の寵児(ちょうじ)として大正デモクラシーを謳歌(おうか)する。

 しかし、男子普通選挙が実現し、政治の大衆化が進むとメディアは商業主義に走り出す。恐慌が拍車をかけ、彼らは太平洋戦争へと続く勇ましい世論の拡散装置となった。

 戦後、テレビが登場したことで政治家はメディアへの露出によって影響力の拡大を図り、政治の空間はメディアの潮流と融合していった。

 政治家の役割を改めて考えさせられる一冊だ。国民代表であり、地域代表であることを思えば、彼らが世論になびくのも頷(うなず)ける。一方で、議員は自らの自由意思に基づいて行動するものという原則も忘れてはならない。その自由意思が世論のカーボンコピーなら、ほどなく議会はその役割を失うだろう。

 議会開設から来年で130年。平成は政治家が自ら発信するメディア化の時代となった。その機能をもって発信すべきは何か。国民は価値と理念の発信を待っている。(佐藤卓己、河崎吉紀編/創元社・4500円+税)

 

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