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イサム・ノグチと長谷川三郎 伝統とモダン、融合への模索

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イサム・ノグチ「書」1957年(手前、イサム・ノグチ財団・庭園美術館蔵)と長谷川三郎「Non-Figure」53年(奥、兵庫県立美術館蔵)
イサム・ノグチ「書」1957年(手前、イサム・ノグチ財団・庭園美術館蔵)と長谷川三郎「Non-Figure」53年(奥、兵庫県立美術館蔵)

 没後30年にあたる昨年から今年、各地で企画展が相次いでいる日系アメリカ人彫刻家、イサム・ノグチ(1904~88年)。第二次大戦後の1950(昭和25)年5月、19年ぶりに日本の土を踏んだノグチと、抽象画家の長谷川三郎(1906~57年)の交友に焦点を当てた「イサム・ノグチと長谷川三郎-変わるものと変わらざるもの」(横浜市西区の横浜美術館)は、ありそうでなかった視点による企画といえる。

 ノグチの伝記や評伝には必ず、50年の4カ月に及ぶ滞日中に極めて重要な役割を果たした人物として長谷川は登場する。彼はノグチを法隆寺や桂離宮、竜安寺、伊勢神宮などに案内し、伝統文化の本質を理解するための導き役となった。ただ、長谷川自身の作品をまとめて見る機会は乏しく、2人の影響関係を作品から読み取る機会はほぼなかった。

 東京帝大で美術史を専攻し、欧州で遊学もしていた長谷川は戦前、画家・理論家として日本の抽象芸術をリードしたという。最初の展示室にはスイスの画家、パウル・クレーらの影響を感じさせる戦前の油彩などが並ぶが、長谷川はただ欧州から理論を持ち込む“翻訳者”ではなかった。「日本にはもともと抽象の伝統がある、と彼は主張した」と中村尚明・同館主任学芸員は説明する。伝統的建築、庭、書、茶道、俳句などにも優れた抽象はあり、それは形の問題ではなく精神的なものだ、と。

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