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横浜にもかつて御用邸 明治天皇の休憩所 港見渡す伊勢山の地に

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 横浜開港資料館のホームページや各種資料などによると、宮内省(現・宮内庁)が、三井組の所有する土地と建物を買い上げ、明治天皇の休憩所として建設。当初は正式な名前がなく、地名にちなんで「伊勢山離宮」と称されていたが、14年になって横浜御用邸と正式に決められたという。この御用邸は2階建ての洋館だったとされる。

 9年7月には、明治天皇の東北巡幸(東北・北海道巡幸)の帰路にも使用され、横浜港に着艦後に休憩しており、これは国民の祝日「海の日」(7月の第3月曜日)の由来としても知られる。このとき明治天皇は1泊したとも伝えられる。外国の国家元首では、明治政府の国賓として初めて来日したハワイ王国のカラカウア国王も14年、宿所として利用している。

 この来日の際、結局は実現しなかったものの、ハワイ王国のカイウラニ王女と山階宮(やましなのみや)家の定麿王(後の東伏見宮依仁(よりひと)親王)の“国際結婚”を、カラカウア国王が明治天皇に要請したことは有名だ。

13回の天覧競馬で

 伊勢山にあった御用邸は18年に廃止され、現在の横浜市中区北仲通の、海に面した旧東海鎮守府跡に移転され、40年にその歴史的役割を終えている。ただ、現在は「馬の博物館」などがある根岸森林公園(横浜市中区根岸台)の敷地にあった旧根岸競馬場で、計13回にわたって開催された明治天皇の天覧競馬の際にも度々、使用されるなど、明治天皇にとって、必要不可欠な施設だったとされている。

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