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敵の侵入防ぐ「堀切」確認 島根・戦国時代の山城跡

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土塁と堀の底の高低差は5メートルあり、敵の侵入を防ぐ構造に(島根県埋蔵文化財調査センター提供)
土塁と堀の底の高低差は5メートルあり、敵の侵入を防ぐ構造に(島根県埋蔵文化財調査センター提供)

 島根県埋蔵文化財調査センターは、浜田市三隅町岡見にある戦国時代の山城跡「普源田砦跡(ふげんだとりであと)」を発掘調査し、高低差が約5メートルある大規模な堀切をはじめ防御施設を多数確認するなど、遺跡の全容が明らかになったと発表した。

 約6900平方メートル(山城に伴う遺構は長さ約100メートル、幅40メートルの範囲で確認)を対象として、昨年5月から調査を実施した。

 この結果、山城の中心となる郭では、掘立柱建物や竪穴建物が計画的に配置されていたことが判明。敵の侵入を防ぐための施設として、大規模な堀切のほか、広範囲にめぐらされた竪堀や郭の周囲を急傾斜に削った切岸などを確認。高低差を5メートル近くつけたり、敵の横移動を防ぐ工夫などがあった。

 このほか、1500年代を中心とした陶磁器や金属器、茶臼、硯(すずり)など約500点も出土した。

 県内で戦国時代の山城跡を全体的に発掘したケースはほとんどなく、今回の発掘調査によって、郭での生活や防御施設の規模・性格など、山城の全体像がより明確になった。同センターは「出土した遺物の中心年代は、現在の浜田市西部を支配した三隅氏と、益田市域を支配した益田氏が争った最後の時期であり、この地域の歴史をひもとく史料となる」としている。

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