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【職人のこころ】鬼と交わる

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井戸理恵子さん
井戸理恵子さん

 まもなく節分である。節分は春夏秋冬の四立(しりゅう)の雑節である。今やその代表たる立春の前の節分の前に、われわれは当たり前のように「鬼」を祓う。

 先人たちは立春だけではなく、すべての季節の変わり目に鬼を祓っていた。こうした節分の鬼は疫病神に相当する。病をもたらす鬼。分かりやすく言えば、季節の変わり目に体調をくずす、多くの場合、風邪の要因である。

 風邪はひく、もの、だ。ひく、とは「引き寄せる」ということ。つまり、鬼を祓うとは風邪という邪気を引き寄せないための方策。次の季節への移行をする覚悟をもつということだ。

 前の季節の体内にたまった毒素を出すが故に根菜類や豆類などを食べる。四立前の18日間に当たる季節ごとの土用は食べ過ぎに注意しなくてはならないと促す。そして、住居は「鬼」の棲家にしてはならないと掃除をしては病の根源を滅する。

 先人の理にかなった知恵だ。

 しかしながら、いつしかこうした「鬼」の存在は消えた。「鬼」への畏怖はインフルエンザなどの名をもってこの時期、あらわれる。自らの身を制御し、立て直し、調整することよりも予防注射を打ち、薬を飲めばたちまち治ると信じている。鬼の存在は自分自身の身を守ることに通じていたことなど全く考えてもいない。返せば、鬼はこうした意味においても重要な存在であった。

 鬼の語源は「隠」、「陰」から来ている。隠れているもの。見えないもの。光の裏にあるもの。すなわち、われわれの世界が存在するのは鬼のおかげとも言える。鬼は祖先であり、過去であり、闇の中にあり、暗から生じる。鬼をひもとくと過去が見える。過去を見ようとすると鬼の存在が明らかになってくる。鬼とはかくあった。そうした鬼を恐ろしいと思うのは自らの心の反作用とも言える。心に疚(やま)しいことがあるから、鬼を怖がるのだ。

 いわば神と久しい。神と表裏一体のもの。鬼は心を見透かす。鬼としての祖先に対して、後ろめたい感情があるから怖かったりするのだ、と。つまり心の投影としての幽霊や亡霊もまた鬼のひとつのあらわれなのだ。

 また、鬼とされた人々もいた。彼らは現実の人々。ただ世間一般の人とは隔絶された世界に生きる「まつろわぬ人」たち。常識の範囲外の技術をもっている。知能をもっている。並外れた才能がある。理解不可能な人々。いわゆるアジュール、治外法権的な立場にあり、一般の人たちとは相見えない人々。山を行き交い、海を渡り、金属を生み出し、権力とも対等に渡り合う。そうした存在をも人々は「鬼」と呼んだ。

 金属は人を生かしも殺しもする。武器だけではない。薬も染料も、金属由来のさまざまな素材には恐ろしい力が秘められている。そうした金属を使い熟す山の知見はすさまじく、それらのネットワークは常に為政者をも脅かした。

 鬼とはつまり、こうした常識外のもの、理解不可能な世界に生きているもの、恐ろしいもの、死霊などを含む「畏怖」そのものの象徴だったのだ。

 さて、立春前の節分、この時期、あらわれる鬼は他の季節ごとの節分より実はいささか厄介である。それはこの時期はまさに「鬼門」が開くからなのだ。

 北東の鬼門が開ける。牛の角に虎のパンツの鬼がやってくる。ここに位置する節分は単に身体の問題だけではない。あの世とこの世が繋がる。縁ある鬼との交流を図る。これらの鬼をある地域では神と呼ぶ。恐れるのではなく、彼らの魂と通じることが重要なのだと諭す。

 一年の始まりにわたしたちは年をとる。かつては立春が年明けだった。始まりだった。立春に年をとった。この立春の前にやってくる鬼こそ、本来の年神ではなかったのか。この年をよい年にするか、悪い年にするか、判別する神。その神が鬼として姿を隠してやってくる。その鬼をどう受け止めるか、というのが元々の節分だったように思えてくる。

 わたしたちはこの年、神様を身体に受け入れて、魂を震えさせ、おびえさせ、新たな年の初めによき年をとったのだ。家族全員が一斉に年をとった。先祖の魂を引き継ぐひとつの儀礼として。

 

 ★2月8日(金)に産経新聞東京本社で井戸さんによる特別講座を開催します。民俗学から日本を読み解くシリーズ第4弾。今回は「日本のカミサマと鉱物のなぞ~鬼・鍛冶師・王権~鉄と日本文化のディープな関係」を開催します。前回の「日本人の信仰・風習と鉱物の深い深い関係」の後半として、鉄と日本文化の〝ディープな関係〟に迫ります。教科書には載ってない日本の知恵と暮らしを、豊富なフィールドワークでの実体験と知識に裏打ちされた井戸さんが独自の視点で丁寧に語ります。参加費は税込み3800円(薬膳ティー付き)。現在参加者を募集中です。詳細は産経iDのイベントページ(https://id.sankei.jp/e/504)まで。


<プロフィール>

 井戸理恵子(いど・りえこ) 民俗情報工学研究家。1964年北海道北見市生まれ。國學院大学卒。多摩美術大学非常勤講師。ニッポン放送「魔法のラジオ」企画・監修。ゆきすきのくに代表として各種日本文化に関わるイベント開催。オーガニックカフェ「ゆきすきのくに」にて自然食を提供。二十数年来親交のある職人たちと古い技術を訪ねて歩く《職人出逢い旅》など15年以上に渡って実施中。気心しれた仲間との旅をみな楽しみにしてくれている。主な著書に「暦・しきたり・アエノコト 日本人が大切にしたいうつくしい暮らし」「こころもからだも整うしきたり十二か月」(ともに、かんき出版刊)、「日本人なら知っておきたい!カミサマを味方につける本」(PHP研究所)などがある。

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