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野田之一さんが死去 四日市公害、最後の元原告

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野田之一さん
野田之一さん

 大気汚染で初めて企業の責任を認めた四日市公害訴訟の原告患者9人のうち、唯一存命だった野田之一(のだ・ゆきかず)さんが25日午後、気管支ぜんそくのため三重県四日市市の高齢者住宅で死去した。87歳。四日市市出身。葬儀・告別式は27日午後1時から四日市市芝田1の5の31、四日市中央斎奉閣で。喪主は妹、しづゑさん。

 四日市市の臨海部に形成された石油化学コンビナートに隣接する塩浜地区で漁業を営んでいた高度経済成長期、有毒ガスを含む排煙で大気汚染がひどくなり、四大公害病の一つとされる「四日市ぜんそく」を発症。昭和42年、公害病認定された患者8人と共にコンビナート企業を相手に損害賠償を求めて津地裁四日市支部に提訴、47年の1審判決で被告企業の共同責任が認められ全面勝訴した。

 各地の大気汚染が改善されるきっかけとなった勝訴後もぜんそくの治療を受けながら漁師を続け、晩年は語り部活動に力を入れ、環境保護の大切さを説いた。

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