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【老舗あり】さいたま市浦和区 山崎屋 時代から続くウナギ屋 伝統に新しいもの取り入れ

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調理場で、ウナギを丁寧に焼く板前
調理場で、ウナギを丁寧に焼く板前

 江戸時代の浦和周辺は沼地が多く、川魚が生息し、宿場町の浦和宿では中山道を通る人たちにウナギのかば焼きを提供していた。その味の評判は江戸や京都にも広がっていたという。その名残で、今でも浦和にはウナギ屋が多い。その中でも唯一、江戸時代から続いているのが山崎屋だ。

大火でタレを持って逃げ

 山崎屋の創業は不明。椎名正幸社長(53)は「過去帳をみると、寛永(1624~44)年間に今の店の場所に暮らしていたが、当時は何をしていたのか分からない」と話す。

 ただ、弘化(1844~48)年間に作成された『浦和宿絵図』には『山崎屋平五郎蒲焼商』と記されており、その頃には祖先がウナギ屋を営んでいたことがわかる。山崎屋は当時から浦和の代表的なウナギ屋として知られていた。

 江戸幕府が終わってからも山崎屋は続き、明治21年に街の3分の2を焼き尽くした「浦和の大火」で当時の店主がウナギのタレを持って逃げたという逸話も残る。昭和に入り、山崎屋は料亭スタイルに転換。昭和天皇や現在の天皇陛下も山崎屋のウナギを召し上がるなど、今も浦和のウナギを象徴する名店となっている。

 浦和の大火で持って逃げたタレの味は変わらず、焼き方も「武士は切腹を嫌う」という習わしから始まった背開きの関東風にこだわる。さすがに都市化が進んだ今の浦和でウナギは取れず「その都度、全国から新鮮で質の高いものを卸している」(椎名社長)。

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