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哲学者の梅原猛さん死去

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哲学者の梅原猛さん=2017年4月24日、京都市左京区(南雲都撮影)
哲学者の梅原猛さん=2017年4月24日、京都市左京区(南雲都撮影)

 日本文化や歴史・文学・宗教など多彩な分野で独創的な思索を展開、その体系は「梅原日本学」とも称された哲学者で文化勲章受章者の梅原猛(うめはら・たけし)氏が12日、死去した。93歳。宮城県出身。

 京都大文学部哲学科を卒業。立命館大教授、京都市立芸大教授、同学長などを経て、昭和62年、国際日本文化研究センター初代所長に就任。後に同センター顧問を務めた。

 昭和34年、日本の大衆芸能や文学を考察して笑いを分析した『ベルグソンの笑いの理論の批判』を発表して注目された。その後、実証主義的な古代史研究を批判し、独創的な日本文化の研究を開始。

 法隆寺が聖徳太子の怨霊を鎮魂するために建立されたとする「隠された十字架」で47年に毎日出版文化賞を、柿本人麻呂流刑死説の「水底(みなそこ)の歌」で49年に大仏次郎賞を受賞し、日本文化の深層に迫る「梅原日本学」を確立した。さらに日本語論、縄文文化論、仏教芸術、浮世絵など多方面にわたる思索を展開した。「写楽 仮名の悲劇」「聖徳太子」「法然の哀しみ」「ギルガメッシュ」「人類哲学序説」など著書多数。

 また歌舞伎役者の三代目市川猿之助(現猿翁)のために「古事記」を題材にした脚本「ヤマトタケル」(61年)、小栗判官を描いた「オグリ」(平成3年)、再び「古事記」を題材にした「オオクニヌシ」(9年)を書き上げた。宙乗り・早替わりなどのケレン味や現代風な音楽を取り入れた演出は、一躍ブームとなりそれらは「スーパー歌舞伎」と称された。

 平成4年、文化功労者。11年、文化勲章受章。15年まで日本ペンクラブ会長を務めた。13年には技能スペシャリストを養成する「ものつくり大学」の初代総長に就任。23年の東日本大震災の際には、政府の復興構想会議特別顧問(名誉議長)として、震災を「文明災」と批判し、人間の自然支配の限界を説いた。

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