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【負けるもんか】ステージに挑む姿、誰かの勇気になる 事故で車いすに アイドル「仮面女子」猪狩ともかさん

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「仮面女子」の猪狩ともかさん=東京都千代田区(佐藤徳昭撮影)
「仮面女子」の猪狩ともかさん=東京都千代田区(佐藤徳昭撮影)

 想像もしていなかった。平成30年4月11日午後1時過ぎ。東京・秋葉原の劇場に向かって文京区の湯島聖堂脇を歩いていたときだった。この日は都心で最大瞬間風速23・2メートルを観測するなど、強風が吹き荒れていた。

 風に逆らうように進んでいる頭の上から、影が迫ってきた。聖堂の縦2・8メートル、横3・5メートルもある木製案内板が、自分に向かって倒れ込んできた。避ける間などなかった。

 痛みは感じず、ただただ苦しかった。「どうなっちゃうんだろう」。誰かが呼んだ救急車のサイレンが近づいてきた。

 運び込まれた病院で医師から「脊髄が損傷している。足の感覚がどれだけ戻るかは個人差がある」と言われたが、頭には入ってこなかった。痛み止めの副作用もあり、吐き気や体のだるさにさいなまれ、自分と向き合う時間はなかった。

 体調が回復してくるにつれ、自分でも脊髄の損傷がどんな意味を持つか、インターネットで調べるようになった。「歩けなくなる」と書いてあることも多かったが、「奇跡的に回復した」という書き込みもあった。「どこか人ごとのような、深刻に捉えられずに自分は『大丈夫、治るんだ』と思い込んでいた」

 見舞いに来た両親や兄、姉とも話をした。治ったらあんなことがしたい、こんなことがしたい。元通り動けるようになることを前提に希望を口にしたとき、家族の表情に、ほんの少しだけいつもと違う気遣いを感じた。

 その違和感は徐々に蓄積されていった。「治らない可能性が高いの?」。意を決して家族に尋ねた。「うん」。言いにくそうな答えが返ってきた。

 ■ ■ ■

 アイドルになりたいと思ったのは、小学生の頃。テレビで活躍する「モーニング娘。」に憧れた。ただ成長するにつれ、「そうは言ってもなれるものじゃない」と、考えることをやめていた。

 再燃したのは、人生の壁にぶつかった就職活動のときだ。専門学校で栄養士などの資格を取ったが、就職したかった小学校には行けなかった。思い出したのは子供の自分。「アイドルになろう」。仮面女子の門をたたいた。

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