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【日本人の心 楠木正成を読み解く】序章(1)皇居外苑 振り向かれぬ英雄

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 智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

 夏目漱石『草枕』に、こうある。一族郎党を食わせるためには、ときに裏切りもせざるを得ない。誰もが正成のように生きたいが、現実にはできるものではない。湊川の戦いから六百余年、語り継がれてきた正成には「こうありたい」「こうあってほしい」という強烈な願望と理想が投影されてきたのだろう。

                   

 正成に込められた願望は、日本人が美しいと感じる価値観そのものといえよう。この連載では、戦後74年の断絶を乗り越え、正成に象徴される日本人の精神性を考察してみたい。=毎週金曜掲載

                   

【用語解説】楠木正成(くすのき・まさしげ) 生年不詳。元弘元(1331)年、後醍醐天皇のお召しに応じて倒幕の兵を挙げ、変幻自在の戦法で鎌倉幕府の大軍を迎撃。正成の奮戦により各地で倒幕の火の手が上がり、元弘3年に幕府は滅亡。その後の「建武の新政」で河内・和泉(大阪府南部)の守護職に任じられた。後醍醐政権に背いた足利尊氏をいったん九州に撃退したが、延元元(1336)年、再び東上した足利の大軍を湊川(神戸市)に迎え撃ち、激戦の末に弟・正季(まさすえ)と刺し違えて自刃した。享年は数え43とされる。

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