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【本郷和人の日本史ナナメ読み】歴史家の「閃き」を表現する媒体 新書・選書と論文の違い

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伝・平重盛像(模本、東大史料編纂所蔵)
伝・平重盛像(模本、東大史料編纂所蔵)

 このコラムを書いて何年になるでしょうか。はじめのうちは無我夢中でしたが、長く書いてきたので、さすがに自分の書いたものの「でき」を自ら判定できるようにはなりました。

 先月、本コラムで徴用工判決の「ありえなさ」を徳川家康の汚いやり口と関連させて論じました。これは自分では相当な手応えを感じた(歴史事件を現代に生かす)のですが、まあ手ひどく怒られました。冒頭で「ぼくは右でも左でもない」と書いたら、うそをつけ、と。かつて大河ドラマ『平清盛』の時代考証をやったときには右の人から怒られましたが、徴用工判決を云々(うんぬん)するとお前は右だと怒られたわけです。

 ああ『平清盛』といえば、権門体制論という有力な学説では、天皇家を「王家」と呼んで貴族の「公家」、武士の「武家」、僧侶の「寺家」の上部に置きます。それを用いて『平清盛』は皇室を「王家」と呼んだ。そうしたら、天皇は「王」ではなく格が上の「皇」である。おまえ(時代考証担当は複数いるのに、なぜかぼくが標的になった)は天皇を侮辱するのか、と叩(たた)かれました。

 ぼくが権門体制論を批判し続ける数少ない一人(というか、いまやぼくだけ?)で、これに対抗する東国国家論を唱えていることは少し調べれば自明のことですが、学界の人は誰も助けてくれないわ(身の不徳の致すところ)、今をときめく片山さつき地方創生担当相には公の場で虚偽に基づく批判をされるわ(平成24年3月29日の参議院総務委員会)、たいへんでした。今だから笑って回顧できますが、その当時の圧力は本当にすごかった。このとき唯一、実証的な反論の場を与えてくれたのが産経新聞でした。涙が出るほどありがたかったし、その男気に報いるため、ぼくは今でもこのコラムを書いてます。

 また、先月のコラムはある著名な研究者の方から「筆を折れ!」とまで怒られました。それはこれまた身の不徳の致すところと反省するほかないのですが、その際に一つ気になることがありました。「本郷というヤツはおそらく平成22年以降、論文を書いてない」と指摘されたことです。

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