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【譲位によせて】(7)名古屋大大学院・河西秀哉准教授 混沌とした時代に救い求める対象

インタビューに答える河西秀哉・名古屋大学大学院准教授=21日午後、産経新聞大阪本社(彦野公太朗撮影)
インタビューに答える河西秀哉・名古屋大学大学院准教授=21日午後、産経新聞大阪本社(彦野公太朗撮影)

 天皇制について研究するきっかけは、昭和から平成への代替わりの際の自粛ムードでした。プロ野球・中日ドラゴンズがリーグ優勝したのに、ビールかけを中止。子供心に印象に残り、大学で象徴天皇について講義を受け、興味を持ちました。

 象徴天皇とは、その姿をみれば日本という国がどんな国か分かる存在。平成は格差や多様化が進む混沌(こんとん)とした時代で、天皇陛下は能動的に動くことで、国民統合の象徴としての役割を果たそうとしておられる。

 知る限りでは、陛下は昭和61年に三原山が噴火した際に、お見舞いに行かれてひざまずかれた。皇太子時代から模索し、理想的な天皇像を作り上げられたのではないか。即位後には、国民との接し方がスムーズになっていかれた印象があります。

 両陛下が被災地や過疎の島々を訪問されることで、メディアが取り上げ、国民も注目する。訪問を受けた人々は、自分たちは忘れられていないんだと感じるわけです。地元の人たちにインタビューしたことがありますが、陛下と会って、日本というものを意識したと言うんですね。

 陛下は、昭和天皇の影響を受けておられると感じます。戦没者追悼も昭和天皇が立場上できなかったことを、果たされようとしているのでは。これも昭和天皇の影響でしょうが、ご自分の発言がどれだけ影響力を持つのか意識し、熟慮を重ねられている。

 陛下が譲位の意向を示しお気持ちを公表されたときのお言葉にも、ご自身がしてきたことへの自負心がおありだったと思いますね。ご自分が増やされてきた公務を、高齢だからといって減らされたら理想から離れてしまう。あるべき象徴天皇像を全て譲りたいとの強い思いを感じました。

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