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日露戦争陸軍兵の従軍記発見 遼陽会戦・黒溝台会戦 詳細に

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日露戦争の「陣中日誌」と持ち主の大門孝一さん
日露戦争の「陣中日誌」と持ち主の大門孝一さん

 大阪市淀川区の民家から、明治時代の日露戦争(1904~05年)の際に陸軍兵が記録したとみられる従軍日誌が見つかった。日本陸軍とロシア軍の主力が衝突した遼陽(りょうよう)会戦、黒溝台(こっこうだい)の会戦といった日露戦争の主要作戦についても詳述。文書を見た立命館大学の小関(おぜき)素明教授(日本史学)は「書いた人の視点で日露戦争のひとこまが記された貴重な資料。新たな日露戦争の理解を加えるものになるのではないか」と話している。

 文書は、従軍部隊の行動が連日にわたって、丁寧に記載されており、日露戦争に従軍した陸軍の進撃路が終戦までたどれる内容になっている。

 部隊編成や行軍の状況、戦況などが事細かに書かれており、戦闘や被害状況なども記述。「秋山支隊が一昨日、敵を駆逐し、北方高地を占領した」などとする記述もみられることなどから、筆者は、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」の主人公の一人、秋山好古(よしふる)の部隊の近くで従軍していたとみられるという。

 明治38年7月の記述には「当地ニオイテ敵の間諜死刑執行アリ」との記述もみられる。日露戦争に詳しい防衛省防衛研究所戦史研究センターの菅野(かんの)直樹室長によると、当時、日露両国は、現地の中国人をスパイとして互いの軍に潜入させ、動きを探り合っていたといい、ときにこうしたスパイが見つかり処刑されることもあったという。

 日誌の記述は主に軍内部の事務的な内容がほとんどだったが、日誌の最後には21カ月に及んだ戦地での生活を「夢か幻か」と振り返り、「両親や家族が自分の帰国を待ちわびているだろう」としたうえで、愛馬が日本の方の空に向かっていなないている、と感慨深く記している記述もあった。

 文書を見つけたのは千葉県市川市の大門孝一さん(70)。親族が亡くなり、大阪市淀川区の生家の仏壇を調べていたところ、「日露戦役 陣中日誌」と書かれた古い文書を見つけたという。

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