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【明治150年】第5部 地方(4)福島に生きる開拓精神 命をつなぐ大久保の遺志

猪苗代湖の水を利用した安積疎水の工事で最初に着工した水門「十六橋」=11月27日、福島県会津若松市
猪苗代湖の水を利用した安積疎水の工事で最初に着工した水門「十六橋」=11月27日、福島県会津若松市
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 福島県郡山市の郊外にその神社はある。名前は「大久保神社」。明治維新の立役者の一人、大久保利通(としみち)をたたえ地元の人々が明治22年に建立した。神社とはいえ、鳥居も社殿もなく、あるのは記念碑のみ。参拝しようにも、周囲は約70キロ東の東京電力福島第1原発事故の影響による除染作業中で近づけず、汚染土を入れた黒い袋が無造作に置かれていた。

 郡山市に隣接する会津の仇敵(きゅうてき)、薩摩出身の大久保の名を冠した神社がなぜ、ここにあるのか。

 明治初期まで郡山周辺は広大な原野だった。西に国内有数の広さを誇る猪苗代湖の豊富な水があるが、導く水路がなく、不毛の地。とにかく水を求めていた。

 湖の水を引くため安積疏水(あさかそすい)の開鑿(かいさく)を進めたのが大久保だった。戊辰戦争に敗れた東北の多くは「白河以北一山百文」とさげすまれていた。そんな地で明治維新で行き場のない士族の働き口を求める狙いもあった。

 明治4年からの欧米視察団に加わった大久保は文明国の力を直接見聞し、農業こそ国の源と痛感した。使節団の中には、後に福島県令(知事)に就く安場保和(やすば・やすかず)がいた。安場に郡山の実情を聞いた大久保は、内務卿として9年に明治天皇の東北巡幸に先立ち、郡山などを訪れた。

 6月5日、すでに一部で始まっていた開拓地を視察すると、同月24日の上申書で「教督誘導ヲ主トシ山川ノ便路ヲ開鑿セバ、富強ノ基ハ此地ニ可有之ト奉存候」と記している。

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