PR

ライフ ライフ

【明治150年】第5部 地方(3)藩校開設、教育に力 列強入り支えた「国民皆学」

Messenger

 秋田駅から車で約30分、秋田市街の森の中にモダンな建物が見えてくる。平成16年に開学した国際教養大学(AIU)、設立したのは秋田県である。

 東京から遠く離れた地方にありながら、ほとんどの講義は英語でのディベート(議論)、1年間の留学が必須という教育で、入試の難易度は高く、就職率はほぼ100%という人気大学となっている。

 秋田県知事だった寺田典城(すけしろ)氏が、東京外国語大学長を務めた中嶋嶺雄氏を初代学長に招き設立した。現在の鈴木典比古学長は「日本の大学は大都市に多いが、米国では各州に2つ以上の大学があり、補完しつつも競争しあう。AIUもそのイメージに近い」と言う。

 地方がグローバル教育を実践する。その源は江戸、明治にさかのぼる。

     

 「(日本の)すべての人が読み書きの教育をうけている。また、下層階級の人びとでさえも書く習慣があり、手紙による意思伝達は、わが国におけるよりも広く行われている」

 幕末の1848年に日本に密入国したカナダの冒険家、ラナルド・マクドナルドが「日本回想記」に書いた日本人の印象だ。

 江戸時代、日本は世界有数の教育大国だった。江戸後期から幕末にかけ、ほとんどの藩が教育機関としての藩校を開設。庶民向けの寺子屋も各地にあり、旧文部省が編集した「日本教育史資料」によれば、その数は全国で1万5千校以上にものぼった。

 中でも、地方では佐賀藩の弘道館、中津藩(大分県)の進脩館(しんしゅうかん)、加賀藩(石川県)の明倫堂など、現在の総合大学に近い規模の藩校が複数つくられた。幕末にかけて内外情勢が緊迫化するなか、藩の為政者は自らの発展のためには人材の育成が必須と判断していたのだ。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ