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【平成の証言】「(原爆の長崎投下は)しようがないなと思っている」(19年1月~7月)

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原爆投下を「しようがない」と発言し、辞任会見で頭を下げる久間章生防衛相=平成19年7月3日、東京・市谷の防衛省(大山文兄撮影)
原爆投下を「しようがない」と発言し、辞任会見で頭を下げる久間章生防衛相=平成19年7月3日、東京・市谷の防衛省(大山文兄撮影)

 31年4月30日の終わりに向けてカウントダウンが始まった平成時代。私たちが受け止め、発した言葉は時代の証言となって「あのとき」をよみがえらせます。「平成の証言」を、元年からひと月刻みで振り返ります。

平成19年1月

 「女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」(柳沢伯夫厚生労働相)

 27日、松江市内の会合で柳沢氏が話した内容が「産む機械」発言として炎上した。野党と一部メディアの批判に対し、柳沢氏は「日頃考えている経済との類似の例えで説明しようと思った。おわびもしており、私の本意ではない」と釈明した。

 前年9月に発足した安倍内閣では閣僚の失言などが重なり、1月の世論調査で不支持が支持を逆転。この後も事務所費問題などが追い打ちをかける。

19年2月

 「駅にはいつも警笛を吹いて違反車を注意する宮本さんがいた。あの笛が聞けなくなるなんて…」(警視庁板橋署常盤台交番の近くに住む主婦)

 6日午後7時半ごろ、東京都板橋区の東武東上線ときわ台駅構内で、自殺しようと踏切に入った女性を助けようとした宮本邦彦巡査部長(53)=殉職後警部に2階級特進=が電車にはねられ、6日後に亡くなった。「気さくに相談に乗ってくれた」「街のことを一生懸命に思っているお巡りさんだった」と近隣住人。無私の行動は多くの人の胸を打ち、交番には1万人以上が記帳や献花のため訪れた。

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