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【文芸時評】1月号 僕ら「なんちゃって人間」?! 早稲田大学教授・石原千秋

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 いま、ある学会の事務局を引き受けている。この年齢ではじめて事務局なるものを引き受けたので慣れないことが多く、とてもストレスフルだが、珍しく学会の大会をはじめから終わりまで聞く体験ができたのは、よかったかもしれない。シンポジウムのテーマは会場校の明治大学の提案で、「物語が不可能になった時代の中で」といういかにも日本文学系の学会的危機感を演出したものだった。

 趣意文の出だしはこうだ。「今日、物語を作るAI(人工知能)の開発が試みられている。人間の知能を模倣するAIは、人間らしくあろうとした結果、物語を作る能力を手中に収めようとする。物語を作ることは人間の知的営みの基底にある。長らく人文科学のテーマとなってきた人間とは何かという問いは、いまや科学技術こそが明らかにすべき問いとなってしまった」と。控えめに危機を演出したにすぎないが、それでも会場からは戸惑いや疑問の声が上がった。たとえばいわく、民族には起源神話と歌と言語が必要だが、物語を手放してそれができるのかと。古典の研究者らしい論点だと思う。

 この発言に触発されて思い出したのは、東北のある地方が国家として独立を宣言した小説、井上ひさし『吉里吉里人』である。なるほど、吉里吉里国では吉里吉里甚句によって国家の起源神話を捏造(ねつぞう)し、「万葉集」の編纂(へんさん)で歌を手に入れようとした。さらには、「吉里吉里語」という言語を制定しようと試みていた。ある地方が独立すれば方言は言語となるわけだ。しかし、吉里吉里国は崩壊へと向かう。それは、吉里吉里国が医学立国を目指す近代国家だったからだろう。近代国家には政治と経済があればいい。起源・歌・言語といういわば三種の神器はいらないのだ。井上ひさしが、国家というものの正体をいかに深く理解していたかがわかろうというものだ。

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