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【甲信越ある記】長野・野沢温泉 日本スキー博物館 歳月かけて刻まれた歴史振り返る

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館内には、日本はもとより、オーストリアなどのスキー道具が展示されている
館内には、日本はもとより、オーストリアなどのスキー道具が展示されている

 オーストリア=ハンガリー帝国(当時)の陸軍から派遣されたレルヒ少佐がスキー術の講師として来日し、大日本帝国陸軍高田歩兵連隊(新潟県)で本格的にスキーを教えたのは、明治44(1911)年のことである。翌45年には野沢温泉では早くも、「初滑り」が行われている。それからかれこれ100年余り。今では日本で有数のスキー場として知られる。

 そんな由縁があるからこそ、日本のスキーの歴史をたどれる全国で唯一の博物館がこの地にある。博物館の野島周子さんが「丸一日かけて展示品を鑑賞する来館者もいます。半日くらいの方も結構います」と言うのもうなずける。

 施設に入ってすぐのコーナーに、明治や大正のころに使われていたスキー板が展示されていた。「こんな道具でよくも滑っていたものだ」と、誰もがいささか驚くのではあるまいか。

 ある説明板に、「明治末期のスキー 締具はリリエンフェルト式」と書かれていた。「明治末期」といえば、レルヒ少佐がスキーを連隊に教えていた時期と重なる。「リリエンフェルト式」とは、締具が頑丈で山岳地の急斜面の滑降に適しているとされている。ストックは、竹製の一本つえでスキー板と並んで展示されてある。とがった先端部分がキュッと反っている。

 当時の日本はまだ、技術も何もかもが国際水準から取り残されていたのは間違いない。連隊の面々には、こうしたスキー板を履いて、必死になって練習に取り組んだ向きもあっただろう。

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