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【昭和天皇の87年】悲しみの初節句 天皇と皇后の祈りは届かなかった

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 この間、香淳皇后は病床に連日つきっきりで看病したが、祈りは届かなかった。

 8日午前《三時三十分、祐子内親王の病勢は益々増進し、遂に危篤に陥る。皇后は御自らの母乳を綿に浸し、幾度となく内親王の口の中にお移しになる。午前三時三十八分、心臓麻痺により祐子内親王は薨去する》(同巻31頁)

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 赤坂離宮の一室には、30種類のひな人形が飾られていた。3月3日の初節句を祝うため、天皇と皇后が選んで買ったひな人形だった。

 13日、祐子内親王を皇族専用の豊島岡墓地(※1)に埋葬する日、昭和天皇と香淳皇后は、棺を乗せた霊車が赤坂離宮から出て行くのを、肩を寄せ合って見送った。

 《この日は午前より天気晴朗にて、天皇は終始無言のまま、霊車の行方をその影が消えるまで凝視し続けられ、皇后は傍らにあり絶えず涙をお拭いになる》(同巻34~35頁)

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