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【東京・地名研究室】鷺宮(中野区) サギがすむ田園風景 今は昔

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地名の由来となった鷺宮八幡神社=中野区白鷺
地名の由来となった鷺宮八幡神社=中野区白鷺

 西武新宿線の鷺ノ宮駅から閑静な住宅街への路地を進んでいくと、ほどなくして鷺宮八幡神社(中野区白鷺)の鳥居が見えてくる。中野区には上鷺宮、鷺宮、白鷺と「鷺」が付く町名がいくつかみられるが、これらの町名は鷺宮八幡神社が由来となっている。そして鷺宮八幡神社の名称には、鳥のサギが関わっている。

 同神社によると「かつては森や田んぼがあり、サギが多くすんでいたと聞いている」。平安時代の康平年間に、源頼義が源氏の安寧を願い建立したのが始まりとされる同神社は、中野区内で唯一御朱印を付与された由緒ある神社だ。一帯に生息するサギの多さから、住民に「鷺宮大明神」と呼ばれるようになったといわれる。

 他にも説があり、同神社は「練馬区に兄弟神社の高松八幡神社がある。高松八幡神社の方が後に建立されたため若い宮とも呼ばれた。そのため、先に建立された鷺宮八幡神社は『さきのみや』から『さぎのみや』と呼ばれるようになったともいわれている」と解説する。

 中野区の文化財課によると、江戸時代には、鷺宮八幡神社周辺は上鷺ノ宮村と下鷺ノ宮村と呼ばれていたという。江戸時代の文化・文政期に編まれた「新編武蔵風土記稿」には上鷺ノ宮村の説明として、昔は木立が生い茂ってサギが生息していたため、地元の人は鷺森、鷺ノ宮と呼んでいたとする趣旨の記述がある。

 同課によると、かつては同神社周辺には田んぼがあったが、武蔵野台地では川が大地を削り取っていたため、田んぼの面積が広くとれなかった。水辺を好むサギは、狭い田んぼでは群れることはないが、「どういった理由でか、鷺宮八幡神社の森にはサギが多くすんでおり、注目を浴びたのでは」と同課は推測する。

 しかし、江戸時代には一帯の開墾が進んで森がなくなり、サギは姿を見せなくなった。田園風景が残っていた昭和初期にはサギが訪れたこともあったそうだが、今やその風景も、電車の踏切音が響く住宅街へと様変わりし、サギたちはもうどこにもいない。

 同神社の北に流れる妙正寺川にも、双鷺橋や鷺盛橋など「鷺」の字が使用され、かつてシラサギたちがその場所にいた痕跡が地名の中に残されている。(吉沢智美)

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