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【昭和天皇の87年】日本経済を救った不屈の男 高橋是清の非常政策

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 昭和天皇は、苦悩を深めたことだろう。これより前の1月半ばには《目下の政情を案じられ、内閣総理大臣若槻礼次郎をお召しになり》、侍従次長を通じて説明を求めたと、昭和天皇実録に書かれている(14巻8頁)。

 政府は3月23日、震災手形処理法案を成立させ、取り付け騒ぎはひとまず沈静化した。しかし、金融不安が解消されたわけではなかった。

 中でも深刻だったのは、多額の震災手形を抱え込んでいた台湾銀行の経営状態だ。台湾の貨幣発行権を持つ同行が破綻すれば、その影響は計り知れない。

 4月14日、若槻内閣は、日本銀行の無担保特別融資により台湾銀行を救済しようとし、議会が閉会中だっため緊急勅令を奏請。昭和天皇は直ちに勅令案を枢密院に諮問した。ところが枢密院は17日、政府方針を憲法違反として否決してしまう。台湾銀行は翌18日に内地と海外支店の休業に追い込まれ、その余波で休業する銀行が続出、猛烈な取り付け騒ぎが再燃し、国民はパニック状態に陥った(※3)。

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