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【書評】『ゴー・ホーム・クイックリー』中路啓太著

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『ゴー・ホーム・クイックリー』中路啓太著
『ゴー・ホーム・クイックリー』中路啓太著

 ■憲法制定めぐる男のドラマ

 大作であり、大変な労作だ。かみしめるように文章を読み進めた。舞台は戦後まもなく、主人公は内閣法制局員、佐藤達夫。佐藤は草花を愛(め)でる寡黙な男で空襲で家を焼かれ、蔵に家族と生活する。彼に任されたのは連合国軍総司令部(GHQ)が用意した新憲法草案の翻訳だった。締め切りはわずか2週間。実質的な作業員は佐藤一人だ。GHQ民政局とのやりとりと調整、改正案可決へ向けて重圧がのしかかる。

 日本を国際法上、占領管理するのは極東委員会だが、その指示を無視して憲法改正に意欲を燃やすマッカーサー。大統領選へ打って出る野心から日本の平和統治を実現した証しに新憲法が欲しいのだ。一方、民政局員のニューディーラーたちは日本の「社会主義化」を喚起する。

 佐藤は連日徹夜で草案を調整。一語一語の翻訳文にこだわる民政局の細かさをくぐりぬけ、「シビリアン」の訳語として「文民」の造語で対応する佐藤ら政府側。乗り越えるべき新たな憲法のテーマは象徴天皇、戦争放棄、民主的な選挙制度。自由意思による男女の結婚…。

 GHQを「ゴー・ホーム・クイックリー(さっさと帰れ)」と揶揄(やゆ)する吉田茂(当時外相)は、占領後を見据えて含みを持たせたいとの腹を持つ。その連絡係は白洲次郎。衆議院には、改正するなら自主的な憲法をと主張する委員がいる。貴族院では、法律の精鋭が改正案の法的欠点を指摘。彼らは戦争に敗れ、自主性が否定された環境下で少しでも抵抗しようともがく。

 憲法担当大臣は老練な金森徳次郎。天皇は日本国民の「あこがれ」であると論じ、のらりくらりと長広舌で議会答弁を乗り越えたり、一転、烈火のような弁舌を振るったり。やがて佐藤らの手によって改正憲法はつぎはぎから形を整えていく。佐藤の心にあるのはGHQ案に、どこまで自主性が貫けるか-。

 戦争に負けた日本に自由の息吹をそっと吹き込むまでのノンフィクションノベル。今の改憲論議は佐藤の苦労や平和への思いに、どれほど報いているだろう。(文芸春秋・1850円+税)

 評・浅暮三文(小説家)

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