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【話の肖像画】物理学者・江崎玲於奈(93)(2)中学受験で大きな挫折

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 〈大阪府東大阪市で生まれ、5歳のとき京都大の近くに引っ越した〉

 京都の家はなかなか立派で、ちょうどその頃発売されたばかりのアメリカ製蓄音機を父や母と一緒に買いに行きました。蓄音機は中にこびとの楽団が入っているようで、私にとって不思議なものだった。小学1年生のときに学校からエジソン伝という本をもらって読んだのですが、この蓄音機を作ったのはエジソンだということを知り、「彼は大した人物だ」と感動したのを覚えています。

 〈玲於奈という名は珍しかった

 父は最初、獅子の如(ごと)く勇敢になれということで「レオ」にしようと思ったのですが、今までにない名前ですから役所の人が驚いて「レオナ」とする方が据わりが良いのではと言ってきた、という話を母から聞きました。レオナルド・ダビンチをまねしたといってもいいかもしれませんが、父が世界に通じる名前をと考えたのは、そのころ大正デモクラシーが叫ばれ、産業の都である大阪が大変栄えていた背景があります。外国に行くとレオというのは非常に簡単で、みんな覚えてくれる。国際的に活躍するのには、良い名前だと思います。

 〈中学は同志社に入ったが、第1志望ではなかった

 府立一中(京都府立京都第一中学校)の入試を落とされたのです。大した競争率ではなく、受験生の3分の2くらいが受かるところで落とされたことは私にとって大きな挫折で、どうして落ちたかよく分からなかった。母も非常に慨嘆したわけです。そこで環境を変え、大阪と神戸の間にある師範の付属小学校に1年行きました。ですから中学には浪人して入りましたが、この1年は後に中学から高校へ飛び級して取り戻しました。

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