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【話の肖像画】物理学者・江崎玲於奈(93) (1)「未知への挑戦」でノーベル賞

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現在も教育現場の第一線で活躍する=茨城県つくば市(佐藤徳昭撮影)
現在も教育現場の第一線で活躍する=茨城県つくば市(佐藤徳昭撮影)

 〈量子力学のトンネル効果を発見し、エサキダイオードを開発してノーベル物理学賞を受賞してから45年がたった〉

 ノーベル賞の受賞は、普通の人が味わえない体験かもしれない。これまでいろんな賞をもらいましたけど、やはりノーベル賞は特別で、多くの人の人生をかなり変えてしまう。学者というのは象牙の塔に閉じこもり、どちらかというと、世間とはあまり交際する必要はないわけですが、ノーベル賞を受賞するとメディアとの結びつきができて、たくさんの人との付き合いもできてくる。たぶん、ノーベル賞をもらったということで、後に筑波大の学長になるチャンスも与えられたのだと思います。

 研究においても、資金や優れた人材が集まって活気が生まれ、プラスとなった。人生に与えた影響力は非常に大きい。ノーベル賞を受賞してよかったと思います。

 〈エサキダイオードは東京通信工業(現在のソニー)に勤めていた昭和32年に生まれた〉

 それはやはり、未知への挑戦の結果ですね。当時は半導体を使って(電気の流れに関する)トンネル効果を観測するのが目的で、実際に観測できたのは必然の結果です。ところがたまたま、電子(の移動を防ぐ)障壁をさらに薄くし、限界に挑戦したのがチャンスで、その結果(電流を増加させると電圧が減少する)負性抵抗が出現して、エサキダイオードの発見につながりました。

 フランスのルイ・パスツールという有名な細菌学者が「チャンスは準備を整えたところにやってくる」という言葉を残している。チャンスは全く偶然ではなしに、チャンスが出るような準備を整えたところにやってくる。これはまさにセレンディピティーです。ですから私がなぜノーベル賞をもらったかというと、やはりチャンスに恵まれたからですが、チャンスが訪れてほしいと準備したともいえるかもしれません。

 〈受賞の知らせは米ニューヨークで聞いた〉

 一番初めは、あるラジオ局から電話がかかってきて「ノーベル賞受賞おめでとう。コメントをお願いします」と。朝まだ目を覚ましたばかりで何だかよく分からず、急いでいつものラジオ局のスイッチを入れると、私の名前を言っていた。記者会見では「エサキダイオードは、活気はあったが極めて雑然としていた東京の町工場の中で生まれたのだ」と言いました。(聞き手 小野晋史)

     ◇

【プロフィル】江崎玲於奈(えさき・れおな) 大正14(1925)年、大阪府生まれ。昭和22年、東京大理学部物理学科卒。民間で半導体研究に従事し、東京通信工業(現ソニー)に在籍中の32年、半導体におけるトンネル効果を発見し48年にノーベル物理学賞。35年に渡米し、IBMワトソン中央研究所に移籍。平成4年に筑波大学長として帰国し、現在は横浜薬科大学長などを務める。

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