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【明治の50冊】(37)北沢楽天『東京パック』 日本の大衆漫画雑誌の原点

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 ではなぜ、楽天の知名度は現在、それほど浸透していないのか。松本さんは、天皇暗殺を計画したとして社会主義者らが摘発された43年の「大逆事件」を機に国内の言論活動が萎縮し、同誌の描きぶりにも影を落としたことなどを指摘。楽天は45年に主筆の座を降り、同誌も休刊した。その後復刊されたが、昭和16年にその歴史に幕を閉じた。

 とはいえ、楽天の功績が無に帰したわけではない。同誌の人気により、日本で初めて専業漫画家として生計を立てたことから、楽天は日本の「職業漫画家第1号」とされる。漫画・風刺画研究家の清水勲さんは、「楽天は『漫画で食っていく』モデルを初めて世に示した人物。彼がいたから多くの人が漫画への道を志したし、『東京パック』は現在数多くある大衆漫画雑誌の原点ともいえる」と意義を語る。

 清水さんは、楽天が描き手の育成に努めた功績も指摘する。その中には後の日本画の大家、川端龍子(りゅうし)や日本のアニメーションの先駆者である下川凹天(へこてん)がいた。戦後漫画の第一人者である手塚治虫も、幼少期に刊行された楽天全集を読み、影響を受けたという。

 来年には、楽天を主人公とした映画「漫画誕生」(大木萌監督、イッセー尾形主演)が公開予定となるなど、再び楽天の先進性に脚光が当たりつつある。松本さんは「現在漫画は世界的に人気ですが、そのルーツの一人である楽天のことももっと知ってほしい」と話している。(本間英士)

                    

 次回は12月3日、『吾輩は猫である』(夏目漱石)です。

                   

【プロフィル】北沢楽天(きたざわ・らくてん) 明治9年、東京生まれ。本名は保次(やすじ)。28年に入社した横浜の英字新聞社で西洋漫画の描法を学ぶ。32年、時事新報に転じ、漫画記者として「時事漫画」などを手掛けた。38年、「東京パック」を創刊。退職後も多くの後進漫画家を育てた。昭和30年、79歳で死去。

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