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【明治の50冊】(37)北沢楽天『東京パック』 日本の大衆漫画雑誌の原点

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「東京パック」創刊号の表紙。臍をかむロシア皇帝、ニコライ2世が描かれている(さいたま市立漫画会館蔵)
「東京パック」創刊号の表紙。臍をかむロシア皇帝、ニコライ2世が描かれている(さいたま市立漫画会館蔵)

 世界からも注目される漫画文化を長年育んできた漫画雑誌。その先駆けといえるのが、日本で初めてのカラー漫画雑誌「東京パック」だ。主筆は「近代日本漫画の祖」と呼ばれる北沢楽天。日刊紙「時事新報」の漫画記者としても活躍した国内初の職業漫画家は、その優れた風刺や描写で当時低く見られていた漫画の地位を向上させ、多くの後進作家を育て上げた。

 「楽天の名前を知らない人は多いと思います。ですが、今皆さんが新聞や雑誌などで目にする漫画は、元をたどれば楽天の漫画に通じています」

 楽天の邸宅跡地に設立された、日本初の公立漫画美術館「さいたま市立漫画会館」の松本裕之学芸員は、楽天の後世への影響の大きさを語る。

 同誌は明治38年に創刊。最大の特徴は、全ページがカラー印刷だったことだ。当時の主な情報源は新聞だが、モノクロで字は細かく、印刷も粗い。B4変形判の大きさで色鮮やかに描かれた同誌の絵は、すぐに多くの人の心をとらえた。

 中身は風刺漫画が多い。創刊号の表紙のタイトルは「露帝噬臍(ぜいせい)の悔」。日露戦争の際、日本の実力を見誤ったロシア皇帝、ニコライ2世が臍(ほぞ)をかんで悔しがる様子を描いた絵だ。その後、黄色人種の台頭が白人社会に脅威を与えるという「黄禍(おうか)論」により他国から批判された独皇帝、ヴィルヘルム2世が舌を切られる絵「舌長の外科手術」も掲載。独大使館から抗議されるなど物議を醸した。

 矛先は時の政府にも向けられた。日露戦争後、市民が“歓迎疲れ”する様子や、桂太郎内閣による増税の重荷に苦しむ庶民の風刺絵も掲載。読者からは好意的に受け止められ、月1回だった発行回数は2年後には月3回に増加。「大阪パック」などの“姉妹誌”も相次ぎ創刊された。

 楽天が画期的だったのは、風刺画に西洋の描法を取り入れた点だ。若い頃に横浜の英字新聞社で西洋漫画を学んだ楽天は、西洋の画風と巧みな風刺を自身の絵に導入。当時ポンチ絵やおどけ絵と呼ばれ、低く見られる存在だった風刺絵を、大人から子供まで楽しめる「漫画」へと発展させた。松本さんは「それまでの風刺画には下卑(げび)た笑いの絵も多かった。漫画に芸術性を取り入れたことも楽天の功績です」と話す。

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