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30年ぶりの駒…元プロ棋士が郷里・茨城で将棋教室 「第2の藤井」誕生の夢

将棋盤を模したパネルで解説する元プロ棋士の永作芳也さん=茨城県行方市麻生(海老原由紀撮影)
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 17日は「将棋の日」-。江戸時代の年中行事に由来し、日本将棋連盟が制定した。この連盟を約30年前に退会し、棋界から去った元プロ棋士がいる。茨城県行方市出身の永作芳也(よしなり)さん(63)だ。その後、地元の声を受けて県南、鹿行地域で将棋教室を開催し、豆棋士の指導に汗を流している。「藤井聡太ブーム」で10代棋士が注目される中、教え子からプロ棋士が誕生することを切望する。

「ほかにやりたいことが…」

 行方市麻生の天王崎観光交流センター「コテラス」。毎週日曜、この一室で将棋教室が開かれる。11日は将棋盤を模したパネルでの解説を交え、男児4人を相手に指導対局を行った。孫のような男児に向けるまなざしは優しい。「子供は純粋で素直。接していて、こちらが癒やされる」

 永作さんが将棋を始めたのは小学校低学年のころ。高校2年でプロになろうと県立麻生高を中退して上京し、故・加藤恵三八段の門下で関東奨励会に入る。18歳で6級からのスタートだったが、棋譜の記録や練習対局で実戦を積むなどして、24歳でプロと認められる四段に昇段。昭和61年には通算100勝目を挙げて五段になった。

 将棋が好きで、並々ならぬ努力を重ねてきたものの、63年に同連盟を退会して棋士の身分を手放す。当時は「名人になれないと悟った」と伝えられたが、永作さんは「それは辞める理由の2割くらい。ほかにやりたいことができたから」と胸の内を明かす。

 現在の本業は保険代理業だ。15年ほど前、郷里に戻り、潮来市で暮らす。連盟を退会して以降は将棋と無縁だったが、50歳ごろから「昔取った杵柄(きねづか)を生かし、地域に貢献したい」との思いを抱くようになった。

羽生竜王、森内九段と再会

 転機が訪れたのは、プロ棋士だったことを知る地元の人から「孫らに将棋を教えてくれないか」と頼まれた。昨年7月に行方で「こども将棋教室」を開くと、今夏までに神栖、稲敷、つくばの3市にも教室を設けた。

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