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【昭和天皇の87年】東京駅の惨劇 暗殺された首相は、盤石のレールを敷いていた

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 11年6月20日《裕仁親王は摂政として(良子女王との結婚の勅許を仰ぐ奏請書を)御裁可になり、勅許書に天皇御名並びに摂政名を御署名になる》(昭和天皇実録9巻79頁)

 ここに結婚が正式に決まり、同年9月28日には一般の結納にあたる納采ノ儀が行われた。結婚予定日は翌12年11月。その日が来るのを、裕仁皇太子は待ちわびたことだろう。

 だが、結婚を目前にして、非常事態が発生する--。(社会部編集委員 川瀬弘至 毎週土曜、日曜掲載)

(※1) 暗殺犯の中岡艮一(こんいち)は無期懲役の判決を受けたが、3回の恩赦で昭和9年に出獄するなど、事件の背景には不可解な点もある

(※2) 原敬内閣については、政党特有の利益誘導政治を生み出したとする批判もある

(※3) 牧野の日記によれば裕仁皇太子はこのとき、「一生奉公は人間が愚鈍になるばかり」とし、世間を知らない女官に囲まれた生活では、近く迎える皇太子妃や皇子たちにも悪影響があると指摘。また、「子供も出来るとすれば此までの如く他へ預ける事は不賛成なり」と話したという

【参考・引用文献】

○原奎一郎編「原敬日記」(福村出版)5巻

○古川隆久著「大正天皇」(吉川弘文館)

○牧野伸顕記、伊藤隆ほか編「牧野伸顕日記」(中央公論社)

○志賀節著「原敬夫人遺聞」(平成10年10月13日付「自由新報」所収)

伊藤之雄著「山県有朋-愚直な権力者の生涯」(文芸春秋)

○茶谷誠一著、日本歴史学会編「牧野伸顕」(吉川弘文館)より

○甘露寺受長著「背広の天皇」(東西文明社)

○宮内庁編「昭和天皇実録」9巻

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