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【本郷和人の日本史ナナメ読み】気になる徳川家の人々(下)なぜ秀忠は天皇に激怒したか

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 「一夫一婦」は当時の世間の常識とは異なる。となると、秀忠はマジメはマジメなんだけれど、自分の主義主張をむやみに人に押しつけるヤツ、ということになる。おろかな専制君主のパターンですね。うーん、ぼくの想像する秀忠は、相当に賢いイメージなんだけどなあ…。

 それで、Bではあっても、ちょっと異なる解釈、B2が出てきます。でも、その妥当性は自分でも?? どこまで説得力をもつか自信がない。そのあたり、東大史料編纂(へんさん)所の同僚、近世の研究者に聞いてきます(これができるので、史料編纂所は便利なんですよね)。来月まで、時間をください。

                  

 ■2代目将軍、徳川秀忠

 母は西郷局。秀忠が生まれてから5カ月後に兄の松平信康が切腹している。そのため、子供の頃から徳川家の長子=後継者として扱われる。兄に松平(結城)秀康がいるが、家康は彼を自分の子として認めていなかったようだ。関ケ原の戦いに間に合わなかったのがトラウマになって、立花宗茂・丹羽長重ら武勇の士を好んだとされる。

                  

【プロフィル】本郷和人(ほんごう・かずと) 東大史料編纂所教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。専門は日本中世史。

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