PR

ライフ ライフ

【明治の50冊】(35)『怪談』小泉八雲 魂込めた再話文学の傑作

Messenger

 「耳なし芳一」「ろくろ首」「むじな(のっぺらぼう)」「雪女」…。いずれも怪談として日本人になじみ深い作品だろう。もとは古典、民話、伝承にあったこれらの話に文学としての魂を吹き込み、読み継がれるきっかけを作ったのは、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の『怪談』だ。

 八雲は1890(明治23)年に来日。英語教師などをしながら、英米向けに日本関連の著作を英語で執筆、発表したが、なかでも熱心に取り組んだのが民話や怪談などの再話(語り直し)作品だった。

 『〈時〉をつなぐ言葉 ラフカディオ・ハーンの再話文学』(新曜社)の著書もある成城大学教授の牧野陽子さんによると、「怪談の再話は当初、紀行文に挿入される程度だったが、徐々に割合が増え、その集大成が『怪談』だった」。

 1904(同37)年、八雲存命中に刊行された最後の作品『怪談(KWAIDAN)』には、冒頭の作品をはじめ「おしどり」「食人鬼」「青柳物語」「安芸之介の夢」など怪奇、幻想的な17編ほかを収録。

 その多くに原典があり、平家の亡者に取りつかれた琵琶法師を描く「耳なし芳一」は江戸時代の『臥遊奇談』、寂しい夜道で商人が顔に目や鼻や口がない“のっぺらぼう”に迫られる「むじな」は明治の怪談集『百物語』、ろくろ首のすみかにおびき寄せられた僧侶の話「ろくろ首」は十返舎一九の『怪物輿論』…。

 これらの原典は八雲の妻、セツが古書店などで探し集めたもので、八雲は本の内容をセツに何度も話させたうえで執筆した。八雲は協力者、語り部としてのセツを「世界一よきママさん」と言っていたという。

 ただ、再話作品は原典とは大きく異なっている。のっぺらぼうはもとは顔が異常に長い化物で、舞台、せりふ、結末も変えられ、滑稽さ漂う原典に対し心理的恐怖感が高まっている。

 もとは伝承といわれる「雪女」は、かつて雪女に遭遇し、「口外しない」条件で命を助けられた男がやがて結ばれた美しい娘に雪女の話をすると、あれは自分だと正体を現し-という話。

 「伝承ではただ白く、人を怖がらせるだけの雪女だが、作品では美と破滅が表裏一体、美しいけど恐ろしい(19世紀の文学で流行した)“宿命の女(ファム・ファタル)”として描いている」と牧野さんは人物造形の魅力を語る。

 さらに、「どの作品も平易な言葉遣い、無駄な修飾語を一切省いた文章で数ページと短い。それでいて前世や死者、因果、人々の深層心理などへの問いがあり、読んだ後考え込む。そんな奥の深さがあるからこそ文学になった」と分析も。

 『怪談』は学校で英語の教材として使われ、学生たちにも浸透。日本語訳も昭和15年刊の岩波文庫が80刷、平成2年に編まれた『怪談・奇談』(講談社学術文庫)は37刷と版を重ね、今年7月には光文社古典新訳文庫でも刊行されている。

 八雲のひ孫で小泉八雲記念館(松江市)館長の小泉凡(ぼん)さんによると、八雲は東京帝国大での講義で「どんなに知識が増えようと、世界は依然として、超自然をテーマとした文学に歓びを見いだす」と語っていた。実際、この数十年でも『怪談』は続々と新たな言語で翻訳され、世界中で読まれ続けている。

 小泉さんは現代、そして後世に果たす『怪談』の役割をこう語った。

 「怪談の真理に耳を傾け、美しい芸術作品にした八雲の再話文学の最高傑作。『怪談』を通して、自然への畏怖の念を思い起こし、人間中心の世界を見直すきっかけになれば、八雲も大いに喜ぶに違いない」(三保谷浩輝)

                  

 次回は19日、『海潮音』(上田敏)です。

                  

【用語解説】小泉八雲(こいずみ・やくも) 1850年、ギリシャに生まれ、イギリスで育つ。新聞記者などを経て、90年、来日。英語、英文学教師として松江、熊本の中学、東京帝国大、早稲田大で教鞭(きょうべん)をとる。松江で小泉セツと結婚後帰化し、小泉八雲に。1904年死去。他の作品に『知られぬ日本の面影』など。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ