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【書評】書評家・倉本さおりが読む『オブジェクタム』高山羽根子著 記憶の断片が結びつき輝く

『オブジェクタム』高山羽根子著
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 かつて目にした光景。耳にした言葉。そのときはただの断片、雑然と散らばる情報でしかなかったものが、あとから見聞きした別の断片と結びつき、ふいに「意味」の姿となって輝きを放つことがある。いうなれば万華鏡だ。覗(のぞ)いている筒がころがるうちに、思いがけない模様が浮かびあがり、その神秘に息をのむ。けれどひとつひとつの断片はすこしずつ剥がれ落ちていくため、そこにあったはずの姿とまったく同じ像を再び捉えることはかなわない。

 表題作「オブジェクタム」は、そうした記憶と事物が織りなすマジックをまるごと小説という形で差し出してみせたような作品だ。体裁は一見、いたってシンプル。語り手の男が、子供の頃に住んでいた町へと向かう道すがら、そこで起きた出来事をぽつぽつと思い出していく。

 中心となるのは謎の壁新聞の思い出だ。内容はどうということのないものだが、丁寧で味わい深いつくりになっていて、小さな子供からお年寄りまで意外と熱心に読んでいる。実はこれ、祖父が野原の秘密基地でこっそりつくっているもので、その正体は〈ぼく〉しか知らない。だが、ある時から祖父の帰りが遅くなり、何も文字が書かれていない「最終回」の新聞が町中に貼られた直後、祖父は倒れたまま昏睡(こんすい)状態に陥ってしまう。

 パンチカードの一種が漉(す)きこまれた最終回の新聞といい、祖父の思い出は暗号だらけだともいえる。実際、偽札事件を匂わせる断片もそこここに散らばっている。ところがその像は最後までひとつに固定化されない。〈ぼく〉自身が、それ以外の断片を--ささやかでかけがえのない思い出を抱え込んだまま進もうとするからだ。

 例えば、新聞の手伝いをする過程で出会ったピエロのような格好の少女。何の役にも立たない、すばらしい手品を練習する俳句の先生。そして、クライマックスに広がる光景の美しさ。その輝きは留(とど)められない。語る人が変わるたびに姿を変える移動遊園地の存在は、記憶の、そのあわいにこそ広がる豊かさの象徴なのだろう。ほか2編を収録。(朝日新聞出版・1300円+税)

 評・倉本さおり(書評家)

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