PR

ライフ ライフ

【書評】桃山学院大学准教授・長崎励朗が読む『教養派知識人の運命 阿部次郎とその時代』竹内洋著 現代人と対極にある生き方

『教養派知識人の運命 阿部次郎とその時代』竹内洋著
Messenger

 世間にはファンやフォロワー(追随者)のせいで嫌われるミュージシャンや小説家がいる。本人の意に反する売れ方をして、後世、誤った評価や批判にさらされてしまう気の毒な人々だ。本書の主人公である阿部次郎もまた、そうした人物の一人である。

 阿部次郎といえば、かつて教養主義の必読書として大学生の間でベストセラーとなった『三太郎の日記』の著者だ。もともと教養主義は、本を読むことで人格の向上を図ろうとする大学生文化だった。しかし、やがてそれはエリートが自分たちを非エリートと区別するための差異化の原理になっていく。

 戦後の大衆化した教養主義にいたっては「最近の若者は教養がない」という抑圧的な言辞として現在にその残滓(ざんし)をとどめるばかりである。

 阿部次郎はその生みの親とも言える人物だから、さぞやエリート主義的で嫌味な人間に違いない。ところが、教養主義誕生の瞬間を活写した本書は、そんな予断を見事に裏切ってみせる。本書が調べ上げた彼の人生からは、他人より優位に立ちたいなどという教養主義の負の側面はみじんも見えてこない。

 「社会学者はゴシップ好き」とは著者の言だが、その社会学者をして「さすが」と言わしめるほどに阿部次郎は「いいやつ」なのだ。周囲の人間がいくら出世しても嫉妬しない。親友の妻に誘惑され、その当人にあらぬ噂を立てられても言い訳一つしない。ゴシップらしきものがあっても、その対応で株をあげてしまうのである。

 おそらく彼がそうした人格者であり続けられた要因は、徹底して孤として生きようとしたことにある。良い意味で周りを見ていないのだ。

 周囲と比較するのでなく、自己との対話の中でひたすら美的な生き方を追求する阿部次郎。その姿は、ネット上で他者の瑕疵(かし)を探しては石を投げる現代人と対極にある。

 その意味で、本書は「孤立のすすめ」として現代にこそ読まれるべき本である。「いまさら阿部次郎?」などと言っている場合ではない。「いまこそ阿部次郎」なのだ。(筑摩書房・2000円+税)

 評・長崎励朗(桃山学院大学准教授)

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ