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【海峡を越えて 「朝のくに」ものがたり】(40)引き金となった「決起未遂」 黄長●亡命事件の真相

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 「黄長●一派」と見なされていた朴にも、危険が迫っていた。=敬称略(文化部編集委員 喜多由浩)

                  

【用語解説】黄長●(ファン・ジャンヨプ)1923(大正12)年、日本統治下の朝鮮出身。戦前、日本の中央大学で法学を学ぶ。戦後、ソ連(当時)のモスクワ大学へ留学。北朝鮮の金日成総合大学総長、朝鮮労働党国際担当書記などの要職を歴任。主体思想を体系化し、金日成・金正日父子に重用されたが、1997(平成9)年、出張先の中国・北京で韓国大使館へ駆け込み、亡命した。2010年、韓国・ソウルで病気のため、87歳で死去。

                  

【用語解説】党の唯一思想体系確立の10大原則 1974年に北朝鮮の朝鮮労働党が定めた全組織・国民の行動規範で、金日成の後継者に内定した金正日が主導した。「偉大なる首領金日成同志の革命思想によって全社会を一色化するために身を捧(ささ)げて闘わねばならない」(第1条)などと、金日成の権威の絶対化、金日成の思想以外を排除する唯一思想体系の確立を図ったもの。2013年「金日成・金正日主義」の文言が盛り込まれ、一部修正された。

●=火へんに華

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