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【話の肖像画】農業者・涌井徹(70)(4)「無洗米」でコメ研ぎ不要に

開墾中の農地で=秋田県大潟村
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 〈株式会社の大潟(おおがた)村あきたこまち生産者協会(秋田県大潟村)は、全国の会員に産地直送のコメを届けるとともに「新しい付加価値」を付けて売る工夫を重ねた〉

 「戦後最悪の不作」といわれた平成5年の冷害は苦労しました。タイ米など外国米が緊急輸入され、国産米の価格が急騰。家電量販店の社長が大潟村を訪れて「1俵6万円」で買い占めを図りました。協会は大潟村の農家と「1俵2万円」で契約しており、このままではコメが調達できません。

 そこで「今後4年間は1俵3万円で買う」と農家に約束し、お客さまにコメを届けることはできました。販売価格も上げざるを得ませんでしたが、理解してくださいました。おいしいコメは多少高くても買っていただける。やってきたことは間違っていなかったと実感しました。この年は主食用米の不足を、もち米の加工食品で補う設備も作りました。

 〈7年に「新食糧法」が制定される。政府が農家からコメを買い上げて国民に売る食糧管理制度が廃止され、農家によるコメの生産と流通が大幅に自由化された〉

 協会の取り組みが法的にも認められました。同じ年には米ぬかを有機肥料にする工場と残留農薬分析システムを導入し、名実ともにおいしくて安全なコメを全国に送れるようになりました。支えてくださったお客さまに恩返しをする気持ちでした。

 9年には新しい農業に挑戦しました。協会の敷地内に無添加のハムや地ビール、製菓・製パン工場を建てたのです。観光客向けのレストランも併設し、手作り体験工房で小中学生に研修の場も提供しました。

 ほどなく米作に戻りました。12年に無洗米設備を導入し、翌年に商品を発売。まだ多くの人がその存在を知らなかった時代です。「コメは女性が研(と)いで炊くもの。女性がなまけものになる」といった声もありました。そう主張するのは、自分でコメを研がない男性です。コメを毎日研いでいた女性、特に年配の方からは冬の寒い朝などに「とても楽になった」と喜ばれました。

 私の母がリウマチで、コメを研ぐと指先が痛むので「楽にしてあげたい」という思いもありました。研ぐコメとあえて同じ価格で販売し「不都合があったら取り換えます」とお知らせしたのも功を奏しました。

 その後は栄養機能食品の開発に取り組みました。栄養価の高い発芽玄米に着目し、15年に専用工場を建設してミネラルやビタミンなどの分析も始めました。白米や玄米、胚芽米、発芽玄米に栄養素を添加した商品を17年に開発しました。

 並行して米粉食品の開発と普及の検討を進め、現在の6次産業化の基礎ができました。21年に米めん工場を建て、ショートやロングの米めん、冷凍めん、冷凍ゆでめん、発芽玄米めんなど、いろいろな「コメの新しい食べ方」に挑戦しました。ただ、どうしても食感が小麦粉よりも落ちる。「おいしくない」という声もありました。(聞き手 藤沢志穂子)

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